木兎たち選手と、シズカが寝泊りしている部屋は、階自体違う。シズカは寝泊りする予定ではなかった場所に急遽布団を貰い、そこで寝ている。始め木兎は梟谷の部屋で一緒に寝れば良い寧ろそうしたいと主張したのだが、他の梟谷メンツ(主に三年生)が全力で止めたため、このような結果に落ち着いた。ただでさえ思春期真っ盛りの男子高校生、特に寝る時間ともなれば聞かれたくない話も多い。ちなみに、バレー馬鹿の木兎は早々に寝落ちしてしまうため知らないが、事の真相を知る赤葦は先輩たちの赤裸々な下ネタのストッパーとして、シズカが来てくれるなら願ったり叶ったりだと思っていたのに、と残念がっていたりする。



 昨夜、糖分切れでフニャフニャになったシズカは結局木兎に部屋まで負ぶさってもらい、そのまま寝てしまったため、他の先生たちに許可を貰い早朝にシャワーを浴びていた。そのせいか、朝の目覚めも爽やかで頭の中もスッキリとしている。
 うん、こういう日はバレーが上手く出来るんだ。
 意気込んで部屋を出て階段を下りたシズカに、勢い良く抱き付く影が一つ。

「シズカーー!! ちゃんと寝たかーー!!!」

 ドスン!と効果音が付きそうな抱擁は、ハグというより寧ろタックルに近い。が、自分より身体の大きい人物に飛びつかれ慣れているシズカは、何とか倒れずにその場に踏み止まった。

「……おはよ、光太郎」
「おうっ! 今日はスパイク全部決まりそうな気がしてくる! いや、決める!!!!!!!」
「木兎さん、それは大変結構なことですが全部は無理だと思いますし、あとちょっとは学習してください」

 そのままの体勢で声を張り上げるため、シズカの耳にはライブハウスのサウンドのような爆音で木兎の声が響くのだ。それを、マジックテープの如くベリッと剥がしたのは赤葦で、寝起きだからか声のテンポは少しゆっくりだが、言葉の刃としての精度は遜色ない。

「赤葦くん」
「大丈夫ですか?」
「……有難うね。言いそびれてたけど、昨日も」
「っ、」

 シズカが最大級の感謝を込めて微笑むと、赤葦の顔がほんのりと色づいた。


 __昨日から少し思ってたけど、


「ヘイヘイヘーイ赤葦ィ! シズカに見惚れてんじゃねぇ!」
「み、見惚れてないですよ」
 __ほんと、綺麗な人だ。こっちがドキリとさせられるくらいに。





 朝食の後、準備運動やロードワークを挟んでからはひたすらグルグルと試合が続く。一セットごとに負けたチームが罰を受けるのは、梟谷グループの合宿が始まって以来の伝統だ。梟谷が頭一つ飛び抜け、他の三校が団子状態だった勝敗数も、烏野の参加以来"違う意味"で狂わされつつある。それも、梟谷のトップは変わらないのだけれど。


「シズカくん!」
「あっ、ハイ!」

 自身もアップに参加していたシズカは梟谷の監督に手招きされ、駆け寄った。今日の第一試合は烏野VS梟谷。烏野にとっては中々ハードな始まりだ。現に、烏野の選手は既に監督の下でみっちりと戦略を話し合っているようである。既に何回も行われている遠征合宿の中で、梟谷と烏野は何度か戦っている。つまり、お互いの手の内はある程度分かっている。その上での戦いは、チームとしていかに相手の弱点を突くバレーが出来るか、その練習にも繋がっているのだ。

「お呼びですか?」
「うん、向こうの監督とも話し合ってね。どちらのチームにも君に入ってもらおうかと……どちらかが12点取った時点で交代で、君には敵だったチームに入って欲しいんだ」
「分かりました。ポジションはどうしますか?」

 シズカがそう言うと、梟谷の監督はキョトン、とした。その反応にシズカはハッ、として言葉を続けようとするが、

「おーおー、随分な自信だな。ここにいる選手の中ではどんな専門職でも自分が一番上手いってか?」
「っ、あ、や、そういうわけでなくて、っ」
「それを聞いて俺は安心した! じゃないと混ざってもらう意味はねぇからな」
「……烏養くん。相変わらずだねぇ君は……」

 どうやら作戦会議は終えたらしい烏野の監督、烏養はバシバシシズカの肩を叩いて豪快に笑った。昨日、シズカが挨拶をしに行ったときから彼はシズカを分析するように見ていて、嫌われているのかなと少し落ち込んでいたのだが、その心配は無かったらしい。

「ま、他のポジションは追々にして、今回はセッターを頼む。んで、まずは梟谷に入ってくれ」
「梟谷、というと赤葦くんの代わりですか。プレッシャーだなぁ」
「またまた、ご謙遜を」

 タオルで汗を拭きながら入って来たのは、まさに赤葦だった。突然の登場にシズカは少しビクッとなるが、すぐに赤葦に向かってにっこりと笑った。

「赤葦くんは充分良いセッターだよ。君のほうこそ謙遜してない?」
「いえ……僕はまだまだです。木兎さんが居るからこそこうやって強豪校のセッターが出来ていますから」
「あはは、赤葦くん、後でいいこと教えてあげるよ」

 シズカが悪戯っぽくそう言うと、赤葦は不思議そうに首を傾げる。

「だから、最初はそこで……赤葦くんのバレーと俺のバレー、どこが違うのか……よく見て、"考えて"ね」




 シズカがコートに立つと、一気に視線が集まってくるのが分かる。梟谷からは勿論、相手コートにいる烏野からも。ふいにビリビリと痺れるような強い視線を感じ、その先にはボールを持ってゆらりと立っている一人の選手が居た。真っ直ぐな黒髪は短く、身長は__180cmはあるだろう。昨日じっくりと各コートを見て回っていたシズカにはそれが誰なのか分かっていた。

「烏野のセッター……」
「シズカーー!!! そんな熱い視線敵に送んな! 惚れるから!」
「はぁ?」
 なんのこっちゃ、とシズカは呆れた溜息を吐く。けれどそれで理解した。光太郎はいつも通りだ。これなら、大丈夫。
 選手たちに並んでシズカもサーブを始める。ぎゅう、と目を瞑って強くイメージする。昨夜の練習と同じ様に。

「ふッ!」

 シズカの華奢な身体が飛び上がり、高い打点から叩き下ろされたボールは、コーナーギリギリに着地し、跳ねた。壁にぶつかってもその勢いは衰えず、バァン!と激しい音が鳴った。梟谷のコートに居た木葉がヒュウ、と口笛を吹き、烏野のコートは一瞬時を止められたかのようにぴたりと誰もが静止した。

「うん……イイ感じ」

 ペロ、とシズカが舌なめずりをする。その目は既に、小さな繁華街の端にある小さなスポーツショップの店員のものでは、ない。





( 20141014 )

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