今日は月曜日。つまりは、及川の通う青葉城西のバレーボール部は、オフの日である。及川の足取りは軽かった。学校の最寄駅から数駅、家とは反対方面ではあるが、気にならない。更に付け加えると、廊下ですれ違った岩泉に「オマエ、なんか顔キモイ」と罵られたのも、及川にはまったく大したダメージではなかった。そう、あの人に会うことが出来るのならば、このくらいのこと。




「シズカさーん!」
「ん、あれ。徹くん。今日は早いね」

 店主は珍しく、店先に居た。いつもならば、店内の入り口傍にある机に座っていて、自分を見つけると立ち上がって歓迎_及川による熱すぎる抱擁を受け止めてくれるのは"歓迎"以外の何物でもない_してくれるのに。なにやら細い銀色の棒を手に取ったシズカは、エプロン_シズカは大抵、深い緑色のエプロンを付けている。胸に店の名前が白く印刷されたそれはシズカ曰く、祖父から受け継いだものらしく、とても大事に扱っていた_も身に付けておらず、及川の目には新鮮に映ったのだった。

「シズカさんこそ、どうしたの? エプロンは?」
「あ、もう今日はお店閉めるんだ」「エッ!?」
「というか、明日からちょっと出掛けるから、しばらくお休み貰うことになってて。あ、もしかして徹くん急ぎのお買い物かな? 徹くんなら売ってあげるよ?」
「ちょ、え、休み? シズカさんいないの? ドコ行くの!?」

 驚きのあまり血走った目で詰め寄ってくる184cmは傍目から見れば若干、いやかなり恐怖である。しかし"でっかいもの"には慣れているシズカはのほほんとした口調でそれに返す。

「東京だよ。従兄弟の家。バレーボールの試合があるから見に行こうと思ってて」

 愛しの店主の口から飛び出した単語_東京、従兄弟、そして『バレーボール』。ダンボのように大きくしていた及川の耳に、それらはしっかりと入っていったが、中でも最後の単語に彼はピクリと反応する。

「っシズカさん!」
「はい、なんでしょう」


「なんで従兄弟の試合は見に行って、及川さんの試合は見に来てくれないの!?」


 きっと及川の隣に、いつもの幼馴染がいたなら、そっちじゃねぇ!と盛大に突っ込んでいたことだろう。が、今日は残念なことに彼は真っ直ぐ家に帰って、月バリを読んでいた。子供のような言い方で店主に詰め寄る及川を止める者はいない。
 追い込まれたシズカは困り顔で、顎に手を当てる。

「うーん、だって徹くんに来て欲しいって言われたことないし、」
「そ、それは……」
「そもそも俺部外者だからさ、ほら、青葉城西って強豪なんでしょ? ってことは応援もたくさん来てるんじゃない?」
「う、」
「流石に若い子に混じって俺一人で行ったら浮いちゃうよ! しかも父兄じゃないってさ、俺逮捕されちゃう」

 軽く笑いを交えつつ、シズカは及川の頭にぽんぽんと手を置いて言葉を終わらせた。一方の及川は、複雑な感情のあまり小さく唸っていた。犬のように。



 そりゃ俺だって、直接的に誘わなかったのは悪かったけど!
 さりげなく大会の話とかしてたし、なんとなく匂わせてはいたのにシズカさんってば褒めるだけで踏み込んではくれなかったし!
 でもシズカさんがうちの応援席に来たら、きっと綺麗すぎて皆ビックリするだろうし、シズカさんが人気者になるなんてやだ!
 岩ちゃんに知られただけでも事故なのに、これ以上シズカさんのことを周りに広めたくない!
 でも試合には来て欲しいし、シズカさんに俺のカッコイーとこ見せたいし、シズカさんも俺に惚れ直してくれるかもしれない!



 と、こんな具合に。処理しきれない嫉妬や後悔や不安や期待……様々な葛藤が、及川の中でメリーゴーランドのように回っている。ファンシーな光景だがなんとも子供っぽく、独占欲が強く、盲目的であることに本人は勿論気付いていない。
 立ち尽くす及川を背に、シズカはガラガラとシャッターを閉める。そしてガムテープを破り、ぺたりと臨時休業の張り紙を張った。期間が思ったよりも長くなってしまったのは、東京に住む従兄弟にゴネられたためである。折角だから一緒にバレーをやりたい、と。

「さて、と。徹くん?」
「……シズカさん、やっぱ俺、」
「良かったら、ご飯食べていく? 今日作り過ぎちゃったんだ」


 __シズカさんに俺がバレーやってるトコ見て欲しい。

 そう続けようとして、予想外の台詞にイケメンらしからぬ及川は間抜けな返事をした。


「へっ!?」
「いや、いつもの癖で作り置きの量で作っちゃって、よくよく考えたら明日から家にいないんじゃんって気付いてさ。徹くんが良ければだけど。あ、お家でご飯があるなら、そっちに行かないと駄目だよ?」
「っ……!」



 可愛らしい仕草付きで言われて、及川は何度目か分からない白旗を揚げた。




( 20140930 )
岩ちゃんの大切さがとてもよく分かりました

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