彼のアイフォンが緩やかに着信を伝えた。彼は鉛筆を置いて、充電をしていたそれをコードを繋げたまま取り上げた。ロックを解除して画面を見ると、なんとも珍しい相手からのものだった。

「もしもし? 久しぶり、どうしたの? え?」

 通話ボタンを押したはいいものの、イマイチ聞こえが悪い。耳から離して画面を見ると電波が不安定です、という忠告。彼は通話を一度切り、メッセージ画面の方に、このアプリではなく電話で掛け直すことを伝えた。既読マークが付いた直後、相手の方から電話が改めてかかってきた。もしかして重要で、急ぎの連絡だろうか? 店主は少し慌てながらスピーカーを耳に当てる。

「もしもし? 光太郎?」





 赤葦は、梟谷グループの合同合宿を目前にして、妙に浮足だっている主将を冷静に見つめていた。いや、これは、合宿が原因ではなさそうだ。赤葦がそう判断した理由は、部活が終わった途端着替えも中途半端に、自分のスマートフォンに飛び付く主将を見たためである。

「もしもし! シズカ? シズカ? おーい!」

 何度も連呼されるその名前の人物が、木兎を浮足だたせている。赤葦はそこまで分かると、荷物をさっさとまとめ始めた。別に、木兎の人物関係を更新するほど赤葦は知りたがりでもないし、ましてや木兎のことなら尚更だった。

「木兎さん、お先に失礼しま、」
「あーやっと聞こえる! シズカ〜! 会いたかったぜー!」

 木兎は一度通話を終えたかと思うと、いくつかの操作の後再び通話を始めた。お相手は同じ人のようだ。ていうか電話なのに「会う」とはどういうことだ。心の中で突っ込みつつ、赤葦は木兎の傍に寄り、帰る意思表示を彼に見せようとした、が。

「うん? うん、だってお前アレだろ、着信履歴残してて、なんか用事あったのかなって……それか、久しぶりに俺の声が聞きたくなっ、え? は? 知らない? えだって俺のケータイ、シズカから朝着信が、え?」

 うるさ、いや、底抜けに明るかった声のトーンが、みるみる下がって行く。赤葦はなんとなく察した。きっと相手の押し間違えの着信を、我らが主将は勘違いしたのだろう、と。

「まち、がえた?」





 シズカは今朝、別の人物にかけようとしたのが、一つ上の木兎の番号を押してしまい、慌てて切ったのだが、それが木兎の履歴に残ってしまったことを深く謝った。電話をかけた時、木兎は授業中で出られるはずもない。だからこそ彼は、こちらがそれに気付かないほど急ぎの用かと思って勘違いして、こんなに焦ってくれたのかもしれない。

「ごめん、光太郎。そっちも忙しいだろうに、変な心配かけちゃって。でもほんとなんでもないんだ」


 それこそが大いなる勘違いであると、店主はまだ気付かない。
 そして、なんでもない、という言葉に、受話器の先で、思わず見ていた赤葦が顔を顰めるほど、木兎が大いにショックを受けているということも。

『……シズカ!!!』
「な、なに光太郎」
『東京戻って来い!』
「はぁ?」
『たまには俺に会いに来いや! いや、来てクダサイ寂しいです』

 最後の方は、しょんぼりと縮こまった声で。


 落ち込むと非常に分かりやすく丸くなる"従兄弟"の背中を思い出したシズカはあはは、と笑ってから、


「分かった、近いうちにそっちに遊びに行くよ。光太郎のバレーも見たいしね。試合とかないの?」


 と告げ、悦びの叫びをあげた木兎に「うるさい!」と赤葦が後輩という枠を超えた注意を飛ばすのは、すぐ後の話である。




( 20140930 )
従兄弟の正体は木兎さんでした〜。主人公は木兎さんだけは呼び捨てにしています。他は君付け。
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