体育館を出てすぐに、赤葦は自分の予感は正しかったのだと理解した。

「っシズカさん!」

 シズカは芝生に倒れこんでいた。傍らにはタオルとドリンクが転がっており、ギリギリ、体育館の中からは見えないような場所だった。きっと心配をかけないため、だろう。白い肌は更に青白く、頬だけが異様に赤い。微かに漏れる呼吸の音は小さく、ぐったりと目は閉じられている。
 駆け寄った赤葦の声で、シズカの目がゆっくりと開いた。

「あか、あしくん?」
「喋らなくていいです、飲めますか」

 差し出したボトルにシズカは頷いた。そして徐に身を起こすので、赤葦は慌てて背中に腕を回した。

「ゴメン……また助けられちゃったね」

 へにゃりと弱弱しく笑う姿はなぜか庇護欲をそそられて、健全な男子高校生には刺激が強すぎた。しっかり者で、クールなイメージを持たれている赤葦とて、いち男子高校生なのだ。好きな相手を前にするように、カア、と赤くなった赤葦にシズカは首を傾げた。それもまた、とても成人した男性とは思えないように可愛らしいのだから、もはやシズカそのものが兵器だと、赤葦は思った。

「……飲んでください。顔色が悪い」
「え、」

 ――中てられたのだ。
 ――きっと。

 ――そうでなければ、いったいなんだというのだろう。

「っ!?」

 ――この、行動は。


 ふいに迫ってきた美麗な顔を、シズカは避けることができなかった。
 触れ合った冷たい唇から、少し温くなったスポーツドリンクが流れ込んでくる。それをこくり、と飲み込む音が、やけにクリアだった。シズカにも、赤葦にも。

 夏の日差しが、芝生を焼き付けんとばかりに照りつける。
 被さった赤葦の背中に、ツウ、と汗が滴る。
 しばらく時が止まったかのように、二人は口を閉ざす。セミが命を燃やす声。体育館の床をシューズが擦る音。

 先に我に返ったのは、赤葦の方だった。信じられないものを見たかのような、リアクションで。

「ッ、あ、おれ、今、何を、」

 キスをされたのはシズカの方だというのに、まるで赤葦の方が、ファースト・キスを奪われた少女のようにうろたえるものだから、シズカは妙に冷静になってしまった。
 少し糖分を入れられたおかげか、呼吸も落ち着いたような気がする。

「えっと……」
「あ、の、……なんで、あ、いや、その、」

 赤葦はかなり混乱していた。それはよくよくシズカにも見て取れた。
 だって、シズカは男だし、赤葦も男だ。なのに、口移しで、ドリンクを飲ませるなんて。付き合っている男女がすることじゃないか。しかも、かなり難易度は高めの。どうして自分は、出会って数日の、年上の、男に、そんなことをしてしまったのか。

 じわ、と赤葦の目にこみ上げるものがあった。

 それを見て慌てたのはシズカの方で。この数日間で、赤葦の真面目さはよく分かっている。そういう性格だからこそ、キャパオーバーしてしまったのだろう、と見当をつけると、シズカはふわりとした赤葦の髪に手を遣って、自分の胸に、引き寄せた。


「よーしよーし、大丈夫だからね、落ち着いて」


 柔らかな声に、堰を切ったように、赤葦はシズカのTシャツを濡らしていく。
 困ったことに――とても、困ったことに。シズカはこういったことには、慣れていた。つまり、自分の美貌が、男女問わずに人を惹きつけてしまうゆえの、不慮の事故には。




( 20150422 )

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