梟谷と烏野がなにやら面白いことをしているらしい、ということに気付いてからの黒尾は、早かった。彼は森然と生川の試合の主審を同じ三年生の夜久と共に務めていたが、最早その試合はそっちのけで、ひたすらもう一つのコートに意識を向けていた。

 そこまで背は高くない。けれど目立っている。それは彼の動きが、明らかに他と違うからだ。大会で体育館中を沸かせるようなレシーブをさっきから何度もやっている。彼がいなければ烏野は何点梟谷に献上しているのだろう。失礼ながらそう思ってしまうような、いや、彼がそう思わせてしまうのだろう。それほどの存在感だ。烏野のコートに中々ボールは落ちない。梟谷とて都内では強豪と呼ばれる学校だ、シズカを避けるように打ってはいる。しかし、打ってはいけないゾーンが増えるということは、物理的にも、精神的にも大きな負担になる。だから、リズムが乱れる。そこを、シズカという選手は見逃さない。

 黒尾は無意識に口角を上げていた。
 と、不意にパァン!と太股に強い衝撃が走り、黒尾は「い゛ッ!」と悲痛な声で叫んだ。振り返ると、腕組みをした夜久がこめかみをピクピクさせながら、鋭いナイフのような視線を黒尾に向けていた。黒尾からすれば随分下の位置にあるものの、その重圧感たるや上から見下ろされているようである。

「主将が余所見たぁどーいうつもりだ?」
「……スミマセン」
「俺らもどーせ後で試合さしてもらえるだろ、我慢しろ我慢」

 冷静にそう吐き棄てた夜久だったが、高揚感による頬の赤みは隠しきれていない。夜久は守備の職人、リベロだ。シズカのプレイを見て、興奮しないわけがない。恐らく黒尾よりも、その一挙手一投足を見たいに決まっている。
 この二人だけではない。思わぬスターの参戦は、ちびっ子がヒーローショーに歓声を上げるのと同じ様に、高校生達の心を躍らせている。








「くっそォ……シズカめ……」

 日向との速攻が決まり、シズカが嬉しそうにハイタッチをするのを恨めしげに見ている木兎は、先ほどから思うようにスパイクが決められず、なかなかフラストレーションが溜まっているようだった。試合再開前の赤葦の激励もあってか、しょぼくれモードになるにはまだ大丈夫なようだが、それでも梟谷が攻めあぐねていることには変わりはない。12-0だったスコアは15-11まで追いつかれた。何せ、烏野のコートにはボールが落ちないのだ。何度スパイクを打っても、ブロックをしても、拾われてしまう。焦りからか、基本の動作にもミスが多い。

「木兎さん、落ち着きましょう。まだ弱気になるところじゃないでしょ」
「よ、弱気になってなんかねェし!」
「どーせ、シズカさんのトスが打ちたいって思ってるんじゃないですか」
「うっ」

 見事に心情を言い当てられた木兎の気まずそうな表情に、赤葦はハァ、と息を吐く。これでも、赤葦には梟谷の正セッターという自負がある。確かに自分には、シズカのように計算されたトスを打つ技術はない。が、この梟谷というチームで長くやっているのは自分である、という自負が。

「おいおいそれはねーぜ木兎ォ、赤葦のことちゃんと信頼してやれよ」
「そーだそーだ、打つもんも打てないぞ」
「それどころかもうお前にトス上げてくれねぇかもしんねぇぞ」
「ヘッ!? ウソだろ赤葦!?」
「……木兎さんに勝つ気が無いなら俺は他の人に上げますよ」

 チームメイトの煽りを本気にして、悲壮なリアクションをする木兎を軽くいなしてから、赤葦は深呼吸した。目の前のこの一本に集中する。指先の感覚を研ぎ澄ませて。前を見据えると、柔らかく微笑む、シズカと目が合った。赤葦はその時、何とも言えぬ、違和感を覚えた。






 スコアが20で並んだところで、両校の監督がストップをかけた。既に向こうのコートの試合は終わった上に、負けた森然のペナルティも完了し、スケジュール的にも体力的にも、という配慮だった。シズカ一人の投入でこんなことになるとは流石に予測していなかったようで、監督達は思わず苦笑いを浮かべている。
 シズカは涼しげな顔で立ち上がると、監督達の方へ歩いていき、何かを確認した後、タオルとドリンクを持って体育館の外へ歩いて行った。スケジュールの調整のために監督達が集まる中、主将の声かけで、烏野と梟谷もそれぞれ、休憩もそこそこに交えてのミーティングが開かれる。

 輪に入りながら赤葦は、体育館を出て行ったシズカの後姿と、試合中との違和感を思い出し、そして、無意識に、口走っていた。

「あの、木兎さんすみません俺、外にタオル置いてきちゃったみたいで」
「は?」
「すぐ取ってきます」



 いや、お前のタオルそこにかかってるけど、という言葉を背に、赤葦は体育館の外に走っていった。



( 20150205 )


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