「うん……イイ感じ」
ゾク、と影山は背筋に冷たいものが走った。ネットを挟んで向こう側。そこに、今までに出会ったことのない強敵が立っている。アレは化け物だ。影山は本能で察した。及川にでさえこんな恐怖を感じたことはない。梟なんて可愛いもんじゃない、アレは。跳ね返ったボールが激しく跳ねる音が、影山に警報を鳴らしていた。
「おい、ひな__ッ、」
それを伝えるため、相棒に声をかけようとした影山は、ギョッとした。
日向は、笑っている。
いつもそうだ。超えられない壁、強敵を目にするとコイツは__笑うんだ。
「影山!」
「うおっ、なんだよ日向ボゲェ!」
急にクルッと振り向かれ、影山は反射的に日向を罵倒したが、日向は気にした様子もなくキラキラと輝かせた目を影山に向けた。
「見たか! 今のサーブ! すっげぇな!!!」
「……お、オウ」
「大王様よりすごい! ぜってぇ取ってやる!!!!」
「翔陽! よく言った! でもそれは俺の台詞だー!!!!!」
びょんっと日向に飛びついたのは鮮やかなオレンジ色のユニフォームで、西谷は流石ノヤっさん!という田中の賞賛を背中に受けつつ、続けた。
「俺にとれないサーブはない!!!!」
「ッ、カッケエエ!!」
「お前ら、やる気は分かったから早くサーブ位置着け!」
澤村に言われてすんません!と走っていく日向を、シズカはじっと見ていた。彼を見ていると、とても烏野が誇る秘密兵器とは思えない。そう、スポーツショップに遊びに来るあの少年と、今日の日向は別人だと、シズカはよく理解し……そして警戒し、同時に、彼の力をもっと発揮させてやりたいと、考えていた。セッターとして。
「おい」
「ん、何光太郎」
「なに考えてんだ?」
「んー……どうやったら日向くんを生かした攻撃が出来るかなって」
飄々と言い放つシズカに、木兎はやっぱり!と大声をあげ、悲壮感を漂わせた。
「まずはこっち! オマエは今梟谷のセッターなの!」
「ゴメンゴメン、良い素材が居るとさ、ついね」
「ついじゃない! 俺に出せよシズカ、今日はスッゲェ調子いんだから!」
「分かったってば。でも俺はその時の判断でトス出すから、他の子に出しても拗ねないでよ?」
「っ、う……うー、」
「「子供(です)か」」
「だから赤葦とハモんのやめて!」
ピィ、と笛が鳴り試合がスタートする。ナイッサァ!と声が飛び、飛んできたサーブを小見がレシーブする。
「あ、すんませんっ、」
「……、……、……光太郎!」
「え、」
少し乱れたそれをシズカが上げる。入射角、スピード、回転、それらを計算しているシズカの口が小さく、けれど細かく動いている。一瞬のこと。
既に飛び上がった木兎の元に"最高到達点で止まる"ようにトスされたボールが運ばれる。
木兎が腕を振り下ろす。
ブロックが弾き飛ばされ、日向はぺしゃりと尻餅を着いた。
テン、テンと床に落ちたボールは何度かバウンドして、止まった。
「っ、」
「な 「ヘイヘイヘーイ!!!! 俺の時代がキタァ!!!!!!」 い、すきー……」
自分の手を見つめてしばらく震えていた木兎は、シズカの声を遮って大きく両腕を上げて、ガッツポーズをかました。そのテンションとエネルギーといったら、普段の二割……いや、三割増しほどだろうか。
「シズカ!! すっげぇ気持ち良かった!」
「それは良かった」
「なんだ今の、手元に、ズバッと! もっかいだもっかい!」
「はいはい」
弾き飛ばされた日向はビックリしていたが、何より驚いていたのは同じポジションの影山で__なぜなら、シズカが出したあのトス。あれこそが影山が今練習しているトスが最も完成され、洗練された形だと、瞬時に理解したからだった。マイナステンポのコンビネーションは日向との息が合わないと出来ないばかりか、試されるのは影山がいかに日向が飛び上がったその一点でボールの勢いを殺すことが出来るか、だ。だが今のシズカのトスは影山が理想とするその速攻を木兎にも可能にした。つまり、誰に対してもシズカはあのトスを使えるということだ。
ブルブルと手の平が震えている。畏怖ではない。これは武者震いだ。
シズカが試合前に、梟谷のメンバーに言ったことは唯一つ。
『いつもより少し早めに飛んで欲しい』
これだけだった。飛んだところに俺がトスを合わせるから、とにかく信じて飛んでくれと。木兎は言われたとおり、いつも赤葦のトスを打つタイミングよりもずっと早く飛び上がった。そして、本当にドンピシャの場所とタイミングで、トスが飛んできた。後は振り下ろすのみ。
「ノヤさんナイス!」
西谷が上げたボールは綺麗にセッターへ返った。誰に上げる? 彼は誰を見ている? こちらのブロックを見てどの位置に出すのが理想だと思っている? 考えろ、思考しろ、脳をフル回転させろ。
「ッ、」
「日向!!!」
間に合わなかった。外で見ているよりもずっと速い。この速攻は。けどどうにも出来ない訳じゃない。
「シズカさんッ」
落ちそうになったボールの下にシズカが滑り込む。繋がったボールを木葉が上げ、木兎が打つ。綺麗にクロスを抜いたかと思ったそれは澤村のレシーブによってセンターに上げられ、影山がトスを打つ。今度は速攻じゃない。誰に出す。彼の視線を見ろ。何を考えているのかを、考えろ。
「オラァ!!!!」
「っぐ!」
ブロックの端に当たったボールがコートの外に落ちる寸前、再びシズカは滑り込んだ。コートの中に戻ったボールを小見が上げ、木兎の目は空いたストレートのコースを見逃さない。
「木兎さんナイスキー!」
「シズカさんナイスレシーブっす! すげぇ! すっげええ!」
すぐに立ち上がったシズカの元に木兎が来るより早く、小見がぴょんぴょんと今にも飛びかからんとばかりに興奮気味にシズカの手を取った。リベロとして思うことがあったのだろう。小見と同じポジションの西谷も、ネットを挟んで熱い視線をシズカに送っている。
烏野の主将、澤村はシズカの初日の挨拶を思い出していた。
『今日かるーく見たところ、レシーブがちょっと練習足りないかなって感じだったから__』
__そういうことか。
澤村はこの美しいバレーの名手に、ぶるりと身を震わせた。
( 20141109 )
色々無理があるとは思いつつもとりあえずお兄さんは影山くんが理想とする"止まる"トスを打てるということで。