「なんか、鳥肌立っちゃったよ……」

 夕食の時間、烏野高校主将、澤村大地はトレーを席に運びながら、呟いた。主語を言わなくとも何の話か後ろにいた菅原には分かったようで、うんうん、と頷く。

「『プロは手に届かない舞台じゃない』ってスゴイよなぁ……」
「しかも、IH優勝っていうのがね。説得力があるよね」
「セッターだって言ってたな。スガ、個人指導してもらえば?」
「そうだな〜、こんな機会滅多にないモンなぁ」
「あ、ていうか日向」

 向かい側の列に座って、既にカレーにがっつき始めていた日向に、澤村は話を振った。

「ふぁ、ふぁい!」
「っ、ウワッ!」

 突然話しかけられた日向はもごもごとカレーでいっぱいになった口を開けたため、真ん前に座っていた月島のトレーの上に米が飛び、月島の綺麗な顔にピシリと青筋が浮かぶ。

「君ねぇ、いい加減にしなよ!」
「あ、月島、ゴメンっ!」
「食事すら上手に出来ないわけ? 小学校低学年からやり直せば?」
「う、むぐぅ……」
「まぁまぁ月島、ホレ、ティッシュそこにあるべ。で、大地は何?」
「ん、あぁ、そうそう、日向はなんか木兎さん……うーん、慣れない。知り合いっぽかったよな、なんで?」

 木兎に対して"さん"を付ける違和感に眉を顰めつつ、澤村は朝から気になっていたことを問いかけた。そういえば、確かに、と烏野のメンバーが日向に注目する。木兎が来る前、日向は親しげにシズカと話していた。

「シズカさんって、宮城でお店やってるんス! んで、おれよくそこに通ってて、顔見知りになって……でも、こんなスゲー選手なんて知らなくてビックリしました!」
「へぇーそうなんだ。何のお店?」
「スポーツ用品店ス! よくオマケしてくれるから、おれサポーターとかテーピングとか全部そこで買ってて!」
「テーピングって、部で買ってるのがあるじゃない。なんで買ってるの」
「いや、部室空いてない時とかさ、家で練習する時用に……買うだろ!?」
「とか言ってさ、実はあの人に会いに行ってるんじゃないの?」
「なッ!」

 先ほどの仕返しか、ニヤニヤと笑みを浮かべながら月島は続けた。

「ずいぶん綺麗な人だよね、ヒョロヒョロだったけど。本当に全国優勝した選手だったのかなって疑っちゃう」
「月島! お前シズカさんの悪口ゆーな!」
「綺麗って言ってるじゃない」
「ヒョロヒョロとはなんだー!! カッケーだろ!!」

 ぴぃぴぃ喚く日向に眉間にシワを寄せ、夕食を再開する月島。相変わらずの"月"と"太陽"に苦笑しながら、けれど月島の言うことは的を射ていると澤村は考えていた。あんなに細い身体で、バレーボールが出来るのだろうか?





「ッ、はぁ、ハァ」

 所変わって、誰もいない体育館。夕食前の自主練習の時間は外に走りに行っていたシズカは、夕食も取らずに練習に打ち込んでいた。繰り返し繰り返しサーブを打ち、カゴにボールが無くなれば拾い、またサーブを打つ。シズカのサーブはコントロールがキモだ。ただ、威力が伴わないことは話にならない。イメージする。リベロがボールを上げるために、真下に滑り込んでくる。それを阻止するために最も動きにくい位置へ、回転をかけたボールを打つ。
 延々と続いたサーブ練習を終え、シズカはフウ、と一息吐いた。本当はレシーブの練習やトスの練習やブロックの練習もやりたい。が、一人で出来ることには限界がある。夕食後の練習は選手には禁止されているから、選手たちは今頃お風呂を上がって部屋に戻っている所だろう。
 ポーンポーンと真上へのレシーブとトスを繰り返しながらシズカは考える。その足の位置は全く変わっていない。正確なコントロールで打ち上げられるためだ。
 天井近くまで高く上がったボールを、シズカはその場を飛んで打った。コーナーギリギリに打たれたボールは壁に跳ね返り、バァン!と激しい音が鳴った。

「ヘイヘイお兄さん、なんつー練習してんだ」

 そこへ現れたのはいつものミミズクヘッドがペッタリと大人しくなった木兎だった。

「光太郎」
「なんで声かけねぇのよ! 寂しいだろうがー!」
「そりゃ、選手の夜の練習は禁止されてるのに決まってるからだよ」

 シズカが呆れたように言うと、木兎はそれを無視して体育館の中へ入って来た。

「光太郎、お前は選手なんだからしっかり休まないと」
「ボール出すだけだから!お願い!」
「……いや、俺は有難いことこの上ないけど……」
「じゃあいいじゃんか! ていうか俺もシズカのトス見てェし」
「絶対打っちゃ駄目って言って、お前はそれ守れるの?」
「ま……も、れる」
「今、ロクに準備運動もしてないでしょ? サポーターも無いし……そんな状態でスパイク打たれてハイアキレス腱切っちゃいました、とかシャレにならないし」
「分かった、分かったから!」
「ん、じゃあこれよろしく。そこから放るだけでいいから」

 シズカは使っていたカゴを木兎の方に寄越すと、目を閉じた。木兎がシズカとバレーボールを始めた時から、何度も見てきた光景だった。思考しろ、とシズカは口癖のように言っていた。それは練習する時も同じことで、シズカは脳で強いイメージを作る。

「っし! 光太郎、投げて」

 木兎が放ったボールをシズカが柔らかくトスに変える。上がったボールをスパイカーが……打つ!

「っ、」

 木兎はゴシゴシと目をこする。そこはもう元の寂しいバレーコートに戻っている。しかし、確かに見えたのだ。シズカと共に全国を戦い抜いたチームの、スパイカーが。

 強すぎるイメージは時にその空気を変え、外側に、放出、される。

「光太郎? 次、お願い」
「あ、ああ……」

 様々な位置、角度、スピードで放たれるトスはシズカが狙った通りなのだろう、と木兎は考えた。

__一日目から試合入っても良かったんじゃねぇの、これなら。


 思わずスパイカーとしての本能がウズウズと刺激されるが、殊バレーのことに関しては従兄弟が怒ると長いというのを痛いほど知っている木兎はグッと堪える。
 木兎の後輩の赤葦は、悪いセッターじゃない。むしろ木兎にとって最適のパートナーであり、司令塔だ。そして梟谷でレギュラーを取れるほどの実力が伴っている。欠点をあげるとすれば木兎に乗ってきてくれないことだろうか。
 しかしシズカは赤葦とはレベルが違う。赤葦が下手なのではない。シズカが、凄すぎる。




 トスを打ちながら、シズカは木兎にも聞こえないほど小さな声で何かを呟いていた。それは、計算。
 入って来たボールの角度を見て、手の位置、強さ、指のかかり具合をどのようにすればいまチームに求められている理想のトスになるかを瞬時に計算する。さながらそれはバレーボールをしながら、数学を解いているようなもの。一試合の中で、シズカが消耗するのは身体よりも脳……人間の中で最も大食いの器官だった。
 体育館にあった全てのカゴを使い終えた時、シズカは床に膝を着いて倒れ込んだ。

「ッシズカ!」

 ボールを放り出し、慌てて木兎が駆け寄る。シズカの顔は真っ青になっていた。

「と、」
「……と?」
「糖分…………俺のバッグの、中」
「分かったバッグな! ちょっと待ってろシズカ死ぬなあああぁ」
「死なないよ……」

 木兎はダッシュで体育館の入り口に置いてあったシズカの鞄をゴソゴソとあさり始めた。一通りの救急セットやらドリンクやらストイックな中に、木兎はようやくブドウ糖、と書かれた黄色いパッケージを見つけた。

「これかあああぁ!!!」

 そしてまたダッシュでシズカに駆け寄り、チャック状になっている口を開け、白い塊を一粒取り出した。

「ん……」

 シズカは雛鳥のように小さく口を開け、木兎の指に摘ままれたそれを甘受した。

「もういっこ」
「おう……なんか、雛鳥みたいだな!」

 それを繰り返す間、木兎は妙にご機嫌だった。シズカには、何故か分からないが。




( 20141010 )
好きすぎて本命との絡みがなかなか書けません。
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