「新しくジェットコースターが出来たらしいよ」

 コーヒーを飲みながら、さりげなさを装って私が漏らした一言に、開は無表情だった。
 今度は少しだけ、トーンを上げて。

「ほら、あのさぁ、行ったことないけど。あの遊園地あるでしょ。そこでね、ジェットコースターだけ新しくしたんだって」

 そうしたら、思ったよりもハイテンションに言ってしまった。
 物心ついたときにはもう祖父母にひきとられ、都会を少し離れた場所で暮らしていた私は、遊園地だなんて連れて行ってもらったことがなくて。いや、行こうと思えば行けたのに、未だに行っていないのは私の選択なんだけれど。現に、私は遊園地に行きたいわけじゃない。

 そんなつもりで、この話をしたんじゃない。

 私の心を、開に汲み取って欲しくて。

 べつに遊園地じゃなくても良かった。「新しいケーキ屋が出来たね」でも良かった。「あそこのラーメン屋、いつも行列してるよね」でも__とにかく開が、私の心を汲み取ってくれる、つまり言ってしまえば__私に興味を持ってくれれば、と思っていた。

「そうか」

 しばらくぼーっとマグカップで指先を暖めていた開は、私が予想していた以上に擦れた声で、独り言みたいに呟いた。

「行きたいのか?」
「……そういうわけじゃないよ」


「……ごめんね、疲れてるのにこんな話しちゃって。お布団敷いてくるね」


 私は、瞬時に、『ああ、コレは駄目だ』と悟り、別の方向に心を切り替える。
 今の開は駄目だ。
 私のための彼じゃなくて、彼のための私だ。

 どんより曇った気持ちでソファから立ち上がって、まるで気付け薬かのようにコーヒーを一気に流し込んだ。そして黙って部屋を出て、もう、既に敷いてある布団にダイブした。「布団を敷いてくる」というのは、私が会話を終わらせたいときに使う常套句で、本当に布団を敷きに行っているわけではないことを、開は知っている。知っているけど、優しい開はいつも私を逃がしてくれる。


 分かっていたことだけれど。
 時々……将棋が憎らしくなってしまう。
 いけないことなのに、湧き上がるそれは止めようがない。せめて口には出さないように、布団に顔を押し付けるだけで精一杯だ。

 ミシ、と畳の軋む音がして、開が部屋に入ってきたことが分かった。


「シズカ」

「……寝たのか?」


 つい狸寝入りを決め込んで黙っていると、枕元で衣擦れの音があり、すぐ傍に開が座った気配を感じた。骨ばった冷たい指に頬を触られる。反応しそうになったのを、堪える。

「さっきは……すまんかった。お前を傷つけるつもりじゃなくて……その」

 声がどんどん萎んでいく。

「……言い訳がましいな」

 ふっ、と自嘲的に笑い、開が立ち上がったところで、私も身体を起こした。
 開は驚いていなくて、私の狸寝入りを見透かした上で、話しかけたことが分かる。部屋はリビングから漏れる光が微かにあるのみで、薄暗くて、寒かった。

「……こっちこそ、ごめんね、わがままで」
「わがままじゃない」
「わがままだよ……」
「言いたいことを隠されても困る」

 くしゃりと髪を撫ぜられ、開は気の抜けた顔で笑った。

「……遊園地に行きたいわけじゃないの」
「ああ」
「傍にいてくれるだけで、良いから。じゅうぶん、だから」
「うん……俺もだ」



( 20130217 )
林檎矢M様、みーこ様、りん様リクエスト「島田」
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