最近、シズカの様子がおかしい。
 俺に行き先を伝えず出かけたり、何か、そわそわしていたり。ベッドの中で、ソファで、「そういう」雰囲気になっても、プイっと横を背けて、拒否されてしまう。
 もしかして浮気かなぁ、と思ったけど、俺の天使であるシズカが、まさか浮気なんて!
 ……そうやって自分を鼓舞し続けるのも疲れた俺は、シズカがお風呂に入っていて、いちごちゃんはベッドの上で寝ていて、誰もいないリビングで、一人、項垂れていた。

 つまらないバラエティを見るのもアホらしくて、新しく買った詰将棋の本を取り出した。シズカと暮らすようになってからは二人で過ごす時間が多くて、開く時間が少なかったのに、この間一冊終えてしまったのだ。
 始めれば無心になれるのは便利なもんで。すらすらとページを捲っている俺は、背後からお風呂から上がったシズカが見ていることに気づかなかった。

「スーミス」
「……3一角、2三玉、」
「スミス」
「1三銀、同桂、3三角成、」

「龍雪!」

 急に耳元にふってきた大音量に顔を上げると、まだ少し髪が濡れたままのシズカが目に入った。

「あ……お帰り」
「うん。ごめんね、邪魔して」
「いや、全然」

 シズカは神妙な面持ちで、俺の横に座った。

「……大事な話があるの」
「……う、うん」

 もしやこれは……別れ話か。
 悟った俺に、まるで死に際のように、走馬灯が流れていく。シズカと出会ったとき。初めてキスしたとき。初めてシたとき。……ああ、幸せだった。幸せだったのに、

「どうして、どうしてなんだシズカ……!」
「……なにが?」

 まるで不審者を見るような目つきで見られた。

「ごめん。大事な話って?」
「……あのね、」


 別れて欲しいの、シズカの冷たい宣告を想像すると涙が出そうだった。果たして俺は、素直に受け入れられるんだろうか、それを、なにより、シズカ以上の女なんてこの世にいるだろうか。いや、いない。この年になって、シズカ以上の女と出会える自信なんて、



「赤ちゃんが、出来たの」
「……へ?」
「三ヶ月だって」

 びっくりしすぎて、息が止まるとはまさにこのことか。
 にこにこと笑う天使を目の前に、俺は目の前でチカチカと星が瞬いている。

「ごめんね、内緒にしてて。でもね、龍雪、最近忙しかったでしょ? だから、一区切りついたら言おうと思ってたの。将棋の邪魔になるのは、嫌だから」

 それは付き合った当初から、ずっとシズカが言っていたことで。

 実際、シズカはどんなときにでも俺を支えてくれて。
 もう、愛しくて、愛しくて。


「……ありがとう」


 思わず、抱きしめてた。誤解してた俺が、本当に馬鹿みたいだ。


「これからは、俺がシズカを支えるから」
「……うん、宜しくね?」
「もう、結婚しちゃおっか。  ……あっ、」


 嬉しくて、弾みで出てしまったそれは、言うときは、ちゃんとしたシチュエーションで言おうと決めていたのに……!
 少し項垂れている俺をくすくすと笑ったシズカは、やっぱり天使だった。こんなに、俺に幸福を運んできてくれるのは、この世で彼女しかいない。


( 20121103 )
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