桐山五段がマイクを両手に持ちながら、何も言えなくなっている画に、とうとう私は噴き出した。
隣に座る藤本さんが、じろりと私を睨みつける。
「何がおかしい」
「いえあの……桐山五段が、あまりにも怯えているので」
「フン。俺はあの小僧は好かん」
その拗ねるような言い方は、年に合わず子供っぽくて、また笑ってしまいそうになるのを堪えた。
怒声のような大声と、はっきりとした物言い。厳つい佇まい。
ただでさえこんな大舞台で緊張しているだろうに、藤本さんと組まされるなんて、と桐山五段に少し同情を送ってみた。とはいっても、この映像はもう一週間も前のことなんだけど。
「宗谷さんを不思議ちゃん呼ばわりできるのって藤本さんくらいですよねぇ。ふふっ、桐山五段、真っ青」
「……お前は、コイツと同い年だったか」
「いいえ? 年は一個……あ、でも確か桐山五段って一年遅れて高校入ってるんでしたっけ?」
前に読んだ雑誌の記事を思い出し、確認する。
「だから、年は同じですけど、学年は一個私の方が上です」
「そうか」
島田八段と宗谷名人、二人の棋士による将棋が進んでいく。よく通る藤本さんの声が、駒の意図を探り、伝える。
藤本さんが決して熱心にその映像を見ているわけではないと分かっていた。なぜならば彼は棋士で、もうこの戦いは覚えているからだ。大盤解説とはいえ晴れ舞台であるのに、藤本さんは好んでその映像を見せたがらない。これだって、私の将棋の勉強のために見せている。
彼が本当に見せたいのは、宗谷さんと盤を挟み向かい合っている姿だというのは、分かっている。
「どうして、そんなことを?」
「ん?」
「いえ、年の話」
「コイツと、お前の人生が、あまりにも違っているから、聞いただけだ」
「……そうですか」
私は優しいから、私の人生を狂わせたのは貴方なんですよ、なんて言わない。
あと一年。あと一年経てば、私は制服を脱ぎ捨てられる。つまらない社会のルールにも、縛られずに済む。貴方が作ったこの鳥小屋の中で、貴方に従順な「女」として、生きていける。
「大学には、行った方が良いですか?」
「自分で選べ。なんでもかんでも言われるがままに動くのは若者の悪い癖だ。自分で考えて、動け。俺はお前の人生の面倒を見るとは言ったが、設計をするまでは言っていない」
「はいはい、分かってますよー」
おかしな関係だというのは分かっている。それでも、それでも。好きになってしまったのだから、仕方がない。捕らえられてしまったのだから、仕方がない。貴方が、悪い。
( 20121103 )
小藤様リクエスト「藤本棋竜と女子高生」