シズカがポケモンセンターから戻ると、とりつかいと、ダイゴが残っていた。他のトレーナーたちは、もうあがっていったらしい。外はもう夕暮れの空で、帰っても良いとされている時間だった。

「ピクニックガール。この……チャンピオン様が、話があるってさ」

 シズカがいない間に、この二人で折り合いがついたのだろうか。とりつかいの声音は落ち着いていて、穏やかだった。

「悪いが、少し二人きりにさせてもらっても、良いかな」

 とりつかいはゆっくりと頷いた。それから、「今日はもうおせーしな」と呟くと、帰路についていった。
 ダイゴと取り残されたシズカは、久しぶりに味わう静寂などうろの雰囲気につられて、口を閉じていた。いつもなら彼女は、やまおとこやミニスカートと共に、寝床へ去っている。
 ダイゴは、じっとシズカを見つめた。透き通ったような視線が、シズカの心まで見透かすようだった。シズカは、その瞳にじっと見入っていた。

「あの、さ。ボクはその……君に大変失礼なことを言ってしまった。すまなかった」

 その声があまりにも小さかったので、シズカは思わずくすりと口元を緩める。
 この場に張っていた緊張の糸が、一気に弾けたような気がしていた。

「素敵な方なんですね、チャンピオンさんは」
「そうかい?」
「本当は、ですね。チャンピオンさん」
「……シズカちゃん。チャンピオンさんなんて、変な呼び方はやめてくれよ」

 ダイゴが困ったように笑うと、シズカの胸が小さく高鳴る。
 だが、シズカはどうしていいか分からない。押し黙ってしまったシズカを見かねて、ダイゴは爽やかにこう言い放った。

「ダイゴって、呼んでくれ」
「えっ……そんな、そんなこと、私には出来ません」
「どうしてだい?」
「だって、私はただのピクニックガールだから……」
「どうして、ピクニックガールがチャンピオンを名前で呼んだら駄目なんだい? そんなルールが、あるのかい?」

 シズカの言い分こそ、彼女が今まで生きてきた中で培ったことであるのに、ダイゴの問いは彼女に口をつぐませた。『当たり前』を崩され、シズカは調子が狂ってしまう。ただでさえ、さっきから鼓動がうるさく、舌をもつれさせてしまいそうなのに。
 
「じゃ、じゃあ……ダイゴ、さん」

 シズカの妥協案に、ダイゴが満足そうに笑う。少年のような笑顔だった。

「私は……私は、ホウエンの出身ではないんです」
「……それは、驚いたな。旅をしているのかい?」
「ピクニックガール風情が旅なんかできませんよ……ダイゴさんはご存知ですか? シンオウという土地を。私はシンオウ地方のナギサシティの出身です」

 シズカは、自分のような立場の人間が、こんな風にダイゴと話すことが、許されたことではないと、分かっていた。けれど、話を切らすことは、彼女に出来なかった。

「ああ、知っているよ」




( そうやって貴方が綺麗に笑うから )( 20120702 )

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