「やまおとこさんっ、ピクニックガール!」
「おや、どうしたんだいミニスカート。そんなに走って」
その日も、いつもと変わらない、一日中『主人公様』を待ち続けてそれで終わると思っていたシズカと、それからやまおとこの元へ、ミニスカートは息を切らしながらやってきた。
何事かと二人が立ち上がると、ミニスカートは大きく深呼吸し、息を整え、まるでこの世の終わりが来ることを知ったような表情で___
『そのこと』を、告げた。
その瞬間、モーターが回り始める音がしたことに、彼女は気づいていない
「チャンピオンが、ここを……通るらしいの」
告げられた言葉は、あまりにも非現実的で。
しばらくの沈黙の後、やまおとこは徐に口を開いた。
「ミニスカート、嘘はいけないぞ?」
「嘘じゃないの! 本当なの! 今、こっちに向かっているんですって……どうしてだか分からないけど。でも、もう前のどうろには着いたらしくて……」
シズカもやまおとこと同じように、ミニスカートを苛めようと口を開きかけたそのとき、彼らがいるその手前で、ざわめきが起こった。
行かなくとも、その理由は彼らにすぐ伝わった。
__チャンピオンだ。
__本当に、本物だ。どうしてこんなところに。
__もしかしたらイベントのためかもしれないぞ。
__じゃあひょっとして戦ってもらえるのか。
__そんなはずはないだろう、第一俺たちみたいなレベルじゃあきっとコテンパンにされるぞ。冗談じゃない。
トレーナーたちが目を合わせないように囁きあうどうろの真ん中を颯爽と歩くその姿が、シズカの目に映った。
初めて見る銀色の髪。この世界でたった一人だけの姿。彼の為だけの肩書き。彼だけの服装。
まさかこの目で見られるときが来るなんて。
この場にいる全員のトレーナーが、目を合わせまいと俯く中で、シズカだけは目を離すことが出来なかった。彼の姿に見入り、魅了されていた……。
そして、チャンピオンがシズカの目の前を通るその時……彼の眼差しが、ゆっくりと、シズカへ向けられた。
トレーナー同士の目が合うことはバトルの始まりを意味する___それは、チャンピオンとて例外ではない。バトルが、スタートする。
周りのトレーナーたちは、シズカが犯した失態をはらはらと見つめていた。
"ピクニックガールの シズカが しょうぶを しかけてきた!"
シズカは、大人しく、潔く負けようとボールを空高く放る。そこからは、いつもの通りドンメルが登場するはずだった……のだが、
"ピクニックガールの シズカは ブラッキーを くりだした!"
なぜかそこへ姿を現したのは、昨日100レベルになったばかりの、美しいブラッキーだった。
誰よりも動揺したのはシズカである。彼女はボールを取り違えて、この場で見せていけないはずのポケモンを、出してしまった。
"チャンピオンの ダイゴは エアームドを くりだした!"
対するチャンピオンが出したエアームドのレベルは、シズカのブラッキーに遠く及ばない。そして、彼の目はシズカをじっと見つめていた。それに気づき、冷静な判断を失いかけたシズカだったが、なんとかブラッキーをボールに戻す。
"ピクニックガールの シズカは ブラッキーを ひっこめた!"
"ピクニックガールの シズカは ドンメルを くりだした!"
ドンメルは久しぶりのバトルに小さく一鳴きする。だが、彼女は彼らが迎えるバトルの結末を思って下唇を噛んだ。それこそ、チャンピオンとのエアームドのレベル差は広く、そもそも彼女のポケモンは勝つことが許されない子たちなのだ。
"エアームドの はがねのつばさ!"
容赦なくこうげきが決まると、一体目のドンメルが倒れる。彼女たちは、『主人公様』や選ばれたものたちのように、強い回復アイテムを使うことは禁じられているから、シズカは何も考えず二体目のドンメルを繰り出した。
ブラッキーを入れたボールは、草むらに投げ捨てた。バトル中に拾わない限りは、それがシズカのものだと認識されることはない。
"ピクニックガールの シズカは ドンメルを くりだした!"
"エアームドの つばめがえし!"
"ドンメルは たおれた!"
バトルが終わり、シズカはほっと胸を撫で下ろした。チャンピオンと目が合ってしまった挙句、ブラッキーを出してしまうだなんて。今後、こういうミスには気をつけないと。
そんなことを考えながら、賞金の720円を支払う。
チャンピオンは、黙ってそのお金を受け取った。
そして、再び歩き出すと思いきや、その綺麗な顔をシズカに向け、こう言い放った。
「ねぇ、君さ。どうしてこんなところにいるんだい? だって君、最初100レベル出してきただろう。あれだったら僕に勝てただろうに。チャンピオンロードに行かないのかい? バッチは? 持っていないのかい?」
全ては、彼が『チャンピオン』__恵まれた肩書きを持つゆえの、言葉、だった。
( 無知なチャンピオン様 )( 20120630 )