彼女は「ピクニックガール」だった。それは、彼女の肩書きであり、仕事だった。彼女はその場所から動くことは許されなかったし、ピクニックガールのイメージに合わないようなポケモンを選ぶことや、必要以上に高いレベルのポケモンを持つことは禁じられていた。全ては『主人公様』のため、この世界のためと、彼女はポケモントレーナーであることを望んでしまったために、この窮屈な人生を強いられていた。
それは、この世界の誰もがそうだった。
「とりつかい」も、「ミニスカート」も、「むしとりしょうねん」も。純粋にバトルを楽しむことは許されず、彼らは記号上のような存在であるしかなかった。バッチをとることも、ポケモン図鑑を持つことも、あまつさえ旅をすることだなんて……。
『主人公様』を中心に動き、顔も知らないその存在を崇め奉る不思議な世界。
レベルアップの道具にしかされないトレーナー。
___そんな彼女の運命が変わったのは、イレギュラーなイベント……とある一人の男が、この場所を訪れた、その日だった。
その日も、彼女は自分の持ち場へ着いた。時間は定刻十分前。隣に立っている「やまおとこ」に、挨拶を交わすのは日課だった。
「おはようございます、やまおとこさん」
「おお、おはようピクニックガールのシズカ。ずいぶんとご機嫌じゃないか。なにか良い事でもあったのかい?」
「んふー、分かっちゃいます?」
「……もしかして、また規則を破って……」
「実は、昨日私のブラッキーが100レベルになったんです!」
鼻唄でも歌いだしそうにご機嫌なシズカと裏腹に、やまおとこはやれやれと溜息をついた。
必要以上に高いレベルのポケモンを持つことは禁止__トレーナーの、基礎中の基礎だ。だが、この少女は罰則を受けることよりも、自分のポケモンの成長を強く望んでいる。ポケモンの最高レベルである100という数値は誰もが憧れるものだが、この辺りを『主人公様』が通るときのために、ここに立つトレーナーのポケモンのレベルの平均は、30ということがきっちりと決められていた。シズカはもちろん、そのために30レベルのドンメルを手持ちとしているが、彼女の立つ位置の後ろの木のウロに隠されたいくつかのボール……それらの中身は全て、100レベルだと、やまおとこは無邪気に彼女からの報告を受けていた。
少女の人生は明るい。
いつか、この世界を変えてやろうとでも思っているのか__やまおとこには、シズカの生き様はひどく眩しい。
この場所には、やまおとこ以外のトレーナーも大勢集まっていた。華やかな都会とは離れた田舎に近いような場所だが、ここに立つトレーナーは皆個性的で、シズカはここを気に入っている。
電気タイプ対策に地面タイプが欲しいとなげく「とりつかい」、実家のニドクインが懐かしいと口癖のように呟く「ミニスカート」、たまにはシングルバトルをしたいとよく喧嘩をする「ふたごちゃん」の二人……。シズカがここへ「ピクニックガール」として派遣されたとき、彼らはシズカを暖かく迎えてくれた。
「今日こそは、来ますかね、『主人公様』」
「さあ、どうだろう。来るといいねぇ」
( とあるちっぽけな世界の住人たち )( 20120630 )