シズカが次に目を覚ましたとき、足元の冷たい感触が彼女を起こさせたのだと彼女は分かった。コンクリートの床は、無機質で、がしゃりという足に繋がれた鎖が共鳴するように底まで音を響かせるのだった。
 シズカはつとめて冷静に、自分の身に起こったことを思い出していた。自分はギャンブラーと出会って、そしてシンオウ地方の四天王と出会って、それから、

「爆発……」

 ゴヨウと話をしていた。急に、彼が叫んで、言われるまま地面に伏せて、……そこから彼女には記憶がなかった。彼女は時計を確認する。夜を迎えていた。
 両手は自由に動いたが、右足につけられた重い鎖は、少し動かすにも一苦労だった。人間の力では到底壊せそうなものではない。部屋の中は薄暗く、暗闇に目が慣れても、全貌は見ることが出来なかった。それと、もう一つ、さきほどまでしっかり腰についていた六つのボールがなくなっていることは、彼女に確かな恐怖を与えていた。

「起きたのか」

 暗闇に、唐突に声が響く。
 背後から聞こえたそれに反射的に肩を揺らし、そっと振り向くと、ボウ、と小さな炎で照らされた青年の顔がシズカの目に映る。
 青年__グリーンは、食事が乗ったトレーを、無機質な床へ置いた。

「食事」

 一言、それだけを呟く。
 シズカは、じっとグリーンの目に魅入っていた。貴方は誰ですか。ここはどこですか。何があったんですか。聞きたいことは次々に出てきていた。現状、分からないことだらけの彼女にとって、グリーンは『自分を誘拐した犯人』ではなく、『唯一の希望の光』であったのだ。

「あの……」
「ん?」
「ここは、どこですか?」
「カントー地方」
「……カントー」

 以外にも、グリーンの声色はあっさりとしていて、むしろ優しさすら帯びていた。シズカはそれに拍子抜けし、ますます考え込んでしまう。

「……別に痛いことはしねぇよ」
「は、」
「それ重い? あんたが絶対逃げないって約束するなら外してやるけど」

 それ、とは足につけられた鎖のことを指しているのだろう。

「どう?」
「どう、と言われても……あの、私、どうしてこんなところにいるんでしょう? というか、貴方は一体……」
「俺はグリーン。あんたをここに連れてきた」
「えっ……じゃあ、襲ってきたのは……もしかして」
「俺」
「っ__!」

 グリーンの正体が誘拐犯だと分かった途端、シズカは身構える。鎖ががしゃん、と音を鳴らした。グリーンはその様子を無表情で見ていたが、やがて呆れるように溜息を吐いた。

「だから、別にあんたの身体に直接危害を加えることはしないって言ってるだろ」
「わ、私の……ポケモンたちを、どこへやったんですか!」
「ちょっと危なそうだから隔離しといた」
「隔離……!?」
「だから、いちいち怯えてんじゃねぇよ」
「あっ……あんな、奇襲攻撃みたいなことをされて、警戒しないほうがおかしいですよ!」

 シズカが勢い良く言い返すと、グリーンは小さく「確かに」と呟いた。しかし、その態度や受け答えは、シズカも戸惑いを感じてしまうほどだ。この人は『敵』であるはずなのに、それらしい素振りを全然見せない……慌てているのはシズカだけで、グリーンからは呑気な空気しか感じられない。
 二人の距離はある程度近かったが、分厚い空気の層が溝となり、会話をかみ合わせなくしていた。

「……貴方は、シロナさんの側なんですか?」
「……側、ねぇ」

 グリーンは、その響きを嘲笑するように、呟いた。

「ゴヨウさんにどこまで聞いたのか知らねぇけど、案外、正義ってのは悪と紙一重になることもあるんだぜ」
「……どういうことです」
「ゴヨウさんが嘘をついているかもしれない」
「っ……そんなこと」


「都合の良いことばかり言って、一番大切なことをあんたに教えてない、かもしれない」


 グリーンの言葉は、仮定であるはずなのに、妙な確信を持っているようにシズカには聞こえた。
 そもそもの、まるでなんでも知っているかのような口ぶりは、シズカに不安を生まれさせる。

「例えばさ。ある男が、林で罠に捕まっているエテボースを、逃がしてやったとする」
「罠なんて……そんな酷いことをする人がいるんですか……!」
「例えば、つっただろ。まぁとにかく、その行いはあんたにはどう思える?」
「どう、って……エテボースが、自由になれたのは良かったと思います」
「そう、一般的に考えれば、それは『善』の行いだ。だが、実はそのエテボースは、近くの村で農作物を荒らすポケモンで、撃退するためのポケモンを持たない彼らは困り果て、それで罠を設置してたってわけだ」
「……」
「つまり、村人からすれば男の行動は『悪』なんだ。本人が気づいていなくても、良かれと思ってやったことが、全ての人に良い影響を及ぼすわけじゃない」

「あんたはさっき、罠を仕掛ける行動は『酷い』と言ったが、村人からすれば仕方のないことだ。理由もなくやってるわけじゃない。ただ、こうでもしないと自分たちの生活が困るんだ。分かるか?」

「……貴方は、何が言いたいんですか」

 シズカがゆっくりと口を開くと、グリーンは、しばらく黙ってから、答えた。

「無知は恐ろしい」
「っ、」
「知らなかったんです、は言い訳にならねぇ。あんたにそれを分かって欲しい」
「じゃあ……じゃあ、教えて下さい。貴方は知っているんでしょう?」

 シズカの声が、冷たいコンクリートに響いた。
 


( 20121229 )
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