「あ……あの、私は」
「知っていますよ。元ピクニックガールの、シズカさんですね」
「え、」
「ちょうど今朝、シロナから聞きました。マキト、貴方もたまには役に立ちますね」
「だ、だろ!」

 ゴヨウは、ギャンブラーのマキトのいかにも、この少女の存在を知らなかった風の返事に、溜息を吐いた。
 今朝、シンオウリーグでは四天王の収集があったのだ。シズカという名の元ピクニックガールの少女が旅に出たから、もし出会ったら彼女のサポートをするように、と。なんともタイムリーな遭遇に、ゴヨウは思わずシズカの全身を、じろじろと眼鏡越しに眺めあげた。シズカが、その視線になんともいえず怯えているのにも気づかず。
 最初に気づいたのはマキトだった。シズカを庇うように彼女の前に立ち、冗談めかして笑う。

「ゴヨウ、見すぎだ。怯えてるだろ」
「っ、失礼……私としたことが。申し訳ない」
「あ、いえ……大丈夫、です」

 シズカの頭の中は、ゴヨウの自己紹介を処理すべく働いていた。
 シンオウリーグの、四天王……彼はさっきそう言っていた。どうしてそんな人が、こんなところに……? しかも、どうして私の名前を知っているのか……。

「あの、どうして私の名前を……」
「貴方、シロナのことはご存知ですか?」
「はい。えっと、シンオウ地方のチャンピオン……ですよね?」
「ええ、その通りです。貴方が旅をすることに許可を出した女性です」

 旅、という単語を聞いてマキトが喚き出すが、それを無視してゴヨウは続けた。

「……そのシロナから、貴方が旅に出た、ということを今朝聞きました。ですから、貴方のことを知っています。先ほど、この男から話は聞いたと思いますが。私も、グループの一員です。一応、シンオウ地方でのトップは私です。まぁ、幹部といったところでしょうかね。この地方での活動は私の指揮で行われています。ですから、マキトが私を呼んだ、というわけです。お分かりいただけましたか?」
「……なんとか。でも、その……」
「疑問があるなら、どうぞ」

 シズカはしばらく口をもごもごとさせていたが、小さな声で、話し始めた。

「ギャンブラーさん曰く、これは一般のトレーナーに向けた思想なんじゃないんですか? どうして、貴方みたいな選ばれた人が……?」
「……ふむ。もっともですね。確かに、我々が起こそうとしている改革は、私のような四天王にとっては賛成したくない話かもしれませんね。自分たちの地位が危ぶまれるわけですし」
「おお、シズカちゃん物分りが早いな」
「貴方は黙ってなさい」

 マキトの頭をぺしりと軽く叩いてから、ゴヨウはまた話を続けた。

「その点に関してはこう説明をさせてください。……今は四天王とはいえ、私もポケモントレーナーの端くれ。純粋にポケモンバトルというものを愛しています。ですから、今のこの世界には気持ち悪さを感じるのですよ。強いトレーナーが行くべき場所に行けない今の現状は、変えるべきだと私は思うのです」
「じゃ、じゃあ……シロナさんも、そういう考えなんですか? でなければ、私を旅に出したりなんかしませんよね……?」

 シズカのその問いには、ゴヨウはふう、と艶やかな溜息を吐いた。

「それがですね……最近、分からなくなってきました」
「え?」
「我々は今まで、彼女を勘違いしていたのか……。彼女が、一介のトレーナーを旅に出すなど、そんな発想をするような方だとは思えません。私は、そのことが今朝からずっと疑問だったのです。ですから、マキトが貴方を呼び止めてくれて助かりました。貴方に、シロナと貴方との間で起きたことを、教えて欲しいのです」

 珍しく褒められたマキトは嬉しそうに笑ったが、ゴヨウに睨まれてしゅるしゅると小さくなった。
 シズカは、少し混乱していた。ゴヨウに言われたこと……それが、自分の周りで起きたことと、噛み合っていない。

「あ、あの……」
「はい」
「私、シロナさんと話をしたことがありません。見たこともありません。そもそもの、私が旅をするきっかけになったのは、ホウエン地方のダイゴさんです」

 シズカの言葉は、ゴヨウにとって咀嚼するのに時間のかかるものだった。
 だが、彼が今まで不思議に思っていたこと……シズカの言っていることが本当だとすれば、それにも辻褄が合う。

「……それは……本当のことですか?」
「ここで、嘘をついても私に得はないと思うのですが……」
「……そうですね。貴方の言うとおりです。ここで貴方が嘘をついても、メリットはありません。信じます」

 しん、となった空気に、マキトが口を開いた。

「えーっと、つまり。シロナは、黒確定ってことか……?」
「そういうことになりますね。彼女の行動にも全て辻褄が合いました。ホウエンのチャンピオンのことを言わなかったのは、恐らく自分が動きやすくいるためでしょう。いかにも表向きはこちら側、という顔をして、妙なことをたくらんだものですよ。……フッ、女豹め」

 ゴヨウが今朝言われたことには、ホウエンのホの字も出なかった。ホウエンのチャンピオンがきっかけとなり、シズカの旅が考えられたことなど、シロナは一言も言わなかった。自分が偉大なる才能を持つ少女を見つけ出し、旅に出すべきだと思ったからそうした、そう言わんばかりだったのだ。まるで高貴な一族が純血主義であるように、シロナもまた、自分の存在に高いプライドを持っている。そんな彼女が、一介のピクニックガールなどを旅に出すとは、ゴヨウには思えなかった。
 彼女の旅を了承したのは、敢えてその旅を失敗させ、もう二度とこんな考えをホウエンのチャンピオンが持たないようにさせるためだろうか。いずれにせよ、シロナにとってホウエンの無知な若いチャンピオンは邪魔な存在だったはずだ。さっさと表舞台から消えてもらうためにとった策なのだろう。

 だが、旅を許したということはイコール自分の地位にも危険が及ぶ、ということ。それを避けるためにシロナは万全の用意をしたはずだ。彼女の旅を失敗させるための、誰かを。



「……ッ! 伏せなさい!!!!!」

「へっ」 「え」



 ゴヨウが叫んだ瞬間、轟音と共に、土煙が舞った。その土煙は、ゴヨウとマキトの視界を遮り、ゴヨウは舌打ちをした。急ぎすぎたのだ。こんなところで、長話をするんじゃなかった。もっと安全な場所に移動をさせてから、彼女の話を聞くべきだったのだ。

 ようやく土煙が治まった後、既に彼女は、彼の手に捕らわれていた。


「おいおい、ここは一般人は立ち入り禁止だぜ?」
「っ……貴方、でしたか!」
「よう、久しぶり、ゴヨウさん。悪いけど、直々に頼まれちゃったからな。んじゃ、バイビー! なーんつって!」


 『でんじは』によって痺れる体は、ピジョットに乗り、飛び去っていく後姿を見ていることしか出来ず、ゴヨウは強く、唇を噛んだ。



( 盗まれた少女 )( 20120804 )
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