「そもそもの話をしようか。君は、人権ってものを知ってるだろう?」

 ギャンブラーは、教授が講義をするように、真面目めかしてシズカに聞いた。

「え……あ、はい」
「人と認められるものはみな平等に、生きるための当然の権利とか自由に学んだりする権利があるとか、そういうやつだ。この世界には人権の概念は存在している。それなのに、だ。ポケモンを持って闘いたいと願えば、その時点で職業を自由に選ぶ権利は剥奪される。勝手に上の組織に人生を決められるんだ。これはまずおかしい。ポケモンバトルをしようがジムリーダーに挑戦しようが、それはその人の勝手だ。現に、ジムリーダーへの挑戦権は一般のトレーナー全てにあると謳われている。トレーナーという存在は、もっと自由であるべきなんだ」
「はあ……」
「つまり、この世界でおかしいこと一つ目は、このトレーナー制度。そして、二つ目だ。二つ目は『主人公様』とやらの存在だ。君もこの世界の住人なら、『主人公様』のことは知っているだろうが、そもそも主人公様を見たことはあるかい?」
「……いえ、ありませんけど」
「俺も見たことはない。名前だけは聞けど、その姿を実際に見たことは、ない。俺は一時、こう考えたよ。本当は主人公様なんて、存在していないんじゃないか?ってな」
「で、でも!」

 思わずシズカの声が大きくなる。なぜなら、シズカの母親は、昔主人公と戦ったことがあると言っていたのだ。母親が嘘をついたとは、彼女には思えなかった。ギャンブラーは彼女の言わんとすることが分かっているとばかりに、それを制した。

「もちろん、その仮説は覆されたよ。知り合いには主人公様と戦ったやつが何人かいるからな。と、いうわけで主人公様は本当に存在している。そこまではいい。君にも、主人公様を見た知り合いがいるみたいだしな。じゃあ、君に聞くが、主人公様ってのは、なんなんだ?」
「……え?」
「なぜ、みな主人公『様』と崇めるような呼び名をする? 主人公、というのはなんなんだ? どうして、その一人の人間を主人公呼ばわりしている? なぜ彼の人生に協力する必要が俺たちにある? なぜ彼が来るのを一生どうろで待ち続けないといけないんだ? なぜ彼のために、決められたレベルのポケモンを持たなければいけない? なぜ彼を勝たせなければいけない?」

 ギャンブラーの言葉一つ一つが、シズカの頭へ突き刺さって、広がる。


「考えてもみろ。この世界はおかしいことだらけだ。まるで、造られたストーリーの上に成り立つ世界のようじゃないか」

「俺たちの人権がこの世に存在するならば、道具としてしか扱われない俺たちは人権を侵害されていると同じじゃないか。……常識とは恐ろしいもんだよ。ずーっと刷り込まれたものというのは、こんな簡単なことに気づくことも出来ない」


 シズカは全身が震えるのを感じた。
 よくよく考えてみれば、おかしい。この世界はおかしいのだ。自分がルールだと思って信じてきたことは、おかしい。ナギサから引き離されたことも、毎日あそこに立ち続けたことも、なにもかもが……。

「……すまない、一気に話しすぎた」
「、いえ……」
「でも、俺はこのことを色んなトレーナーに知って欲しいんだ。全国にいるトレーナーに、目を覚ませ、と叫びたいんだ」

 ギャンブラーが差し出したおいしいみずを、シズカはゆっくりと飲んだ。呼吸を落ち着かせながら、沸騰しそうな頭の中を、必死で整理していた。

「君に声を掛けたのは、君が明らかに異質だったからだ。もしかして君は、俺たちのグループの力になってくれるんじゃないかと思って」
「……グループ?」
「そう。全国に広がりつつある、この世界に革命をおこすためのグループだ。それで……俺たちの思想を分かってもらったところで、君の話も聞きたいんだけど、良いかな?」
「あ……えっと、」
「落ち着いてからで良い。……というか、アイツが到着するまで待ったほうが良いかな。さっき呼んだから、もうちょいで着くと思__」



 
「貴方、人使いが荒いんですよ」

 急にその場に響いた第三者の声に、シズカはびくりと肩を震わせた。

「あ、ナイスタイミング」
「ナイスタイミング、じゃありませんよ。こっちはせっかく読書を満喫していたというのに……」
「本職じゃないなら良いだろ。こっちは緊急なんだから」
「……それで、何の用です?」
「なんか、変わった女の子見つけたから」
「はぁ?」

「待たせて悪かった。この人、俺たちのボス」

 謎の人物と会話していたギャンブラーが、シズカの方へくるりと向き合った。薄く色のついた眼鏡をかけ、赤いスーツを着ているその男は、シズカに向かって、微笑した。



「初めまして。シンオウリーグ四天王の、ゴヨウと申します。どうぞお見知りおきください」



( 内緒話 )( 20120725 )
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