ナギサシティを出たシズカは、222ばんどうろをまっすぐ進んでいった。ここは昔、シズカがデンジと共にに修行をした場所だから、左側から吹いてくる潮風も、砂浜の感触も、シズカにとって懐かしいものだった。あの頃抱いていた夢……ポケモンリーグを制覇し、チャンピオンになること……まさかそれを叶えるためにもう一度ここを歩いていくだなんて、シズカは思ってもいなかった。
 波打ち際では、釣り人たちが並んで釣りを楽しんでいる。あの頃と変わらない光景だった。シズカは、タウンマップを広げた。バトルの後、ダイゴから受け取ったものだ。自分の現在地と、このシンオウ地方の全貌が見られるこの地図は、旅には欠かせないものらしい。ナギサから一番近いジムは、トバリシティだ。リッシこのほとりをまっすぐ行くように書かれている。
 タウンマップで道を確認し、砂浜を蹴って歩いていくと、綺麗なホテル街が現れた。リッシこを見に来た観光客向けのホテル街だが、ここには有名な七つ星のレストランがあり、それを目当てにやってくる人も少なくないという。
 いつも眺めているだけだったこのホテル街に足を踏み入れたのは初めてで、急に変わった空気にシズカは慌てて服のすそをぎゅうと引っ張った。変なところがあったらどうしよう、だなんて考えながら。主人公様がここへ辿り着いたときのために、ここへ派遣されるトレーナーはもちろんいるのだが、選ばれるものはみな大金持ちの子息や令嬢ばかりで、『それらしい』雰囲気を持っているトレーナーだけらしい。だから、シズカは自分の格好が浮いているような気がしてならなかったのだ。大急ぎでホテル街を抜けると、道が二手に分かれている。まっすぐ行けば214ばんどうろ、左はリッシこへの入口らしい。シズカは迷わずまっすぐの道を選んだ。彼女の中で、観光をしている暇はなかった。一刻も早くジムを回り、リーグへのきっぷを手に入れなければならない。

 214ばんどうろは柵の迷路になっていた。適当に道を歩いていると、行き止まりへ行ってしまう。
 仕方がない、と道を引き返すと、シズカはドンッ、と誰かにぶつかった。

「おっと」
「あ、ごめんなさい……!」
「危ないなぁ、気をつけてくれ……よ?」

 シズカは、そのギャンブラーと『目が合った』。

 "ギャンブラーの マキトが しょうぶを しかけてきた!"

「は? なんだと?」

 ギャンブラーが驚くのも無理は無かった。なぜなら、シズカは『主人公様』ではない。目が合って勝負が始まるのは、一般のトレーナー同士の野良試合では在り得ないことなのだ。元ピクニックガールであるシズカは、そのことをなにより知っていた。全ての始まりは、ダイゴと『目が合った』ことからだったのだ。

「嬢ちゃん……君は、なにものなんだ?」
「私は……」
「まぁ良い。とりあえず、こうなったからにはバトルしないとな。いけ、トサキント!」
「……サンダース!」

 ギャンブラーが繰り出したトサキントは、その場所相応のレベルに育てられていたが、それは当然シズカのサンダースのレベルに及ばなかった。ギャンブラーは、そのことにまた息を呑んだ。

 サンダースのかみなりが、彼のトサキント目掛けて振り落とされた。その威力たるや、底知れぬものではなく、少なくとも、普通のポケモントレーナーが扱っていいものではない。なぜなら、ポケモントレーナーとは選ばれた者を除いて、『主人公様』のレベルアップと小遣い稼ぎのために使われる道具なのだ。ポケモントレーナーが『主人公様』に勝つことは、許されない。だから、それ相応のレベルで、自分の肩書きに合ったポケモンを持つのが、この世界のルールなのに。

「教えてくれ。君は『主人公様』なのか?」
「……違います。私は、急いでいます。ごめんなさい。何も言えません」

 ギャンブラーがどのようなことを考えているかが、シズカには手を取るように分かった。

 この少女はなんだ。どうしてここにいる。ポケモントレーナーは、その職業に就いたときから場所を決められ、主人公様が来るまでそこに縛り付けられるものだ。どうしてこの少女は歩いている? なんの肩書きも持たずに? そして、なぜ『目が合って』勝負が始まる? 

 分かっているからこそ、彼女はなにも言えないのだ。自分が選ばれた者じゃないと知ったときの歯がゆさ、それを乗り越えて皆自分の役目を全うしているのだ。それなのに、自分は。自分だけが救われて。好きなようにバトルをして。

「……え、なんで泣くんだよ」
「っ……泣いて、なんか」
「いや、泣いてる」

 シズカは、零れてくる涙を抑えられなかった。まだ旅は始まったばかりなのに、と自分に言い聞かせてもそれは止まらない。ギャンブラーは困った顔になり、そして、二つのボールを、草むらに投げた。

「俺には闘えるポケモンはもういない。バトルは終わりだ。……それで、ちょっとこっちに来てくれないか」

 言うが早いが、ギャンブラーはシズカの手をひいて、木の立ち並ぶ右側へすたすたと歩き出した。そして、木に突っ込んだ……と、思いきや、その木の先には、隠された道が在った。シズカはぽかんと口を開ける。

「ここは、かくれいずみのみちだ。まぁ、隠しマップと言ったところか……本来は入ることが許されていない場所だ。そもそも知ってるやつが少ないしな」
「あの……」
「ここなら誰かに聞かれることは無い。まぁあのへん一帯は安全っちゃ安全だが、万が一だ。シロナに見張られている可能性も無いとはいえない」

 戸惑いが大きすぎて、涙が引っ込んだシズカの方へくるりと向きなおすと、ギャンブラーは小さな声で、こう言った。


「君は、この世界のルールをおかしいと思ったことはないか?」



( 大事な寄道 )( 20120724 )
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