デンジは、息を呑んだ。
どうしてそんなことを言う。
いつだって俺についてきた筈なのに。どうして反抗するんだ。
縛られた環境の中で生きてきたお前に勝ち目はないことが、お前だって分かっているはずなのに。
なんで、俺の知らない表情をするんだ。なんで、俺の知らないお前がいるんだ。
「っ、何を……ふざけたことを……」
置いていかれたことに気づき、ようやくその場に追いついてこっそり一部始終を聞いていたオーバは、怒りと焦りで、震える親友の姿を、物珍しそうに見つめた。
こんなにも感情を露にするデンジを、初めて見たのだ。それほど、この少女はデンジにとって特別な存在である、ということだ。
口を挟めばデンジに罵られることは分かってはいたが、挟まずにはいられなかった。オーバには、彼女とバトルをすることで、デンジに再びバトルへの情熱が蘇るのではないかと思えたから。
「……なーデンジ、良く分かんねぇけど、この子はジムリーダーのお前に、"挑戦者"として正式にバトルを申し込んでるんだろ? だったら、断る権利はお前にない、と思うぜ」
「うるせえアフロ黙ってろ」
「ちょ、俺様一応四天王! お前より偉いの! そこ分かって!」
案の定、オーバの意見は一蹴されたが、その後をダイゴが引き継ぐ。
「……デンジくん、これは僕からも言わせてもらうよ。シズカちゃんの人生を縛る権利を、君が持っているのかい? なんなら……シロナを呼ぼうか」
ダイゴの言葉は、まったくの正論だった。なにより、『シロナ』という単語はデンジに口をつぐませる。だが、デンジはそう簡単に怯まなかった。
「っ……そういうアンタだって、シズカを無理やり連れて来たんだろ。大方予想はつく。『良い人』たちを置いて、コイツが戻ってくるはずはないからな。チャンピオンの権利チラつかせてつれてきたのはアンタだろ」
シズカから送られたメールをヒントに言い返すと、ダイゴが言葉に詰まる。デンジは、自分とシズカのことを、他人にどうこういわれる筋合いはないと思っていた。彼の世界を構成する「自分」と、「自分が興味を持ったもの」と、「それ以外」。土足で踏み込まれることが、なにより嫌いだった。
デンジは気づいていた。だからこそ、こんなにも動揺していた。
「……デンジ兄さん。私は確かに、始めはダイゴさんの提案を断りました。私だけが夢を叶えるなんて、おかしいと思ったから。あそこにいる人たちを置いて、そんなことは出来ないと思ったから。でも、私には約束をした人がいる。あそこに名前を届かせるまで、私は諦められない。だから……だから、
私は、貴方を倒す」
彼女はデンジの世界から飛び出そうとしている。もうデンジを追いかける彼女は、いない。彼は唇を強く噛み締めた。
( 開幕のカンパニュラ )( 20120717 )