「シズカ……!」

 デンジは思わず、その少女の名を呼んでいた。
 シズカが振り返る。少し大人びたように見えるのは長く伸びた髪をおろしているからだろうか。

「デンジ……さん?」
「、んで……お前がナギサにいんだよ……ホウエンに、行ってたんじゃ」

 デンジは、動揺を抑え切れなかった。彼女の姿はもう『ピクニックガール』ではなかったから。いくつもの疑問が頭の中を渦巻いて、とめどなく溢れそうになっていた。それを必死で留めていた。
 シズカも、三年ぶりに再会するデンジの変わり果てた姿に驚いていた。自分が知っている彼は、こんな青白い顔色をしていなかった。もっと逞しくて、太陽の下が似合うような青年だったから。デンジの質問を受け止めることも、出来ない。
 それを、ダイゴは代わりに引き受けた。シズカを庇うようにデンジの前に立ち、

「君は、ここのジムリーダーのデンジくんだよね?」
「……そうだけど」

 シズカとデンジが知り合いだったという事実にはダイゴも虚をつかれたが、出身がナギサであるのならそういうこともあってはおかしくないと自らを納得させ、平静を演じてみせる。
 しかし、落ち着いた物言いも、その身なりの良さも、さきほどの、まるでシズカを庇うようにした馴れ馴れしさも、デンジの気に障るものばかりだった。

「初めまして。君の噂はシロナから聞いているよ。シンオウで一番のジムリーダーだろう」
「……そういうアンタは、ホウエンのチャンピオンか」
「知っていてくれて光栄だよ」

 二人の会話はお互いの喉に刃を突きつけあうようなものだった。デンジは、ダイゴのことを知ってはいたが、なぜこのような男がシズカと一緒にこの街を歩いているのか、そのことがダイゴという男の第一印象をかなり悪いものとしていた。一方のダイゴは、デンジが自分へ敵対心を向けているところから見るに、デンジがシズカとただの関係ではない、というところまで読んでいた。だからあえて、応戦するような作り笑顔で答える。

「僕が、ここまで彼女を送らせてもらったんだ。……シズカちゃん、デンジくんと知り合いだったんだね」
「幼馴染だ。ところで、なんでここに? コイツはホウエンの勤務だろう」
「そ 「それは……デンジさん、連絡が出来なくてごめんなさい」

 ダイゴの後ろに隠されていたシズカが、小さく彼の言葉を遮る。
 恐らく、幼馴染には自分で報告をしたいのだろう。大人しくダイゴは彼女に言葉を譲った。


「私、旅を出来ることになったんです……!」
「……旅?」

 デンジの中で、「旅」は、一介のトレーナーに許されている行為ではないはずだった。どうして、彼女が旅を? シロナが許したのか? 元ピクニックガールが、主人公と同じ旅を?
 動揺に溺れていく中で、デンジは必死に答えを探そうとしていた。
 旅をする。つまり、彼女はまた__自分の前からいなくなる。ようやく、戻ってきたと思ったのに。もう二度と、離すつもりはないのに。
 
 デンジの口は無意識に動いていた。


「そんなの、駄目に決まってんだろ」
「……デンジ、さん?」

 シズカが、耳を疑うような表情になる。

「お前はどうせ、俺に勝てないんだ。だから、主人公みたいになれるわけがない。だったら……もう、ここから、ナギサから出るな」


 ずっと俺の傍にいろ。二度と離れるな。

 本音を言えなかった彼の口の中は、ひどく苦い。






 シズカは、なにも言い返せなかった。小さい頃から自分にバトルを仕込んできたデンジに、勝ったことは一度もなかった。惜しいところまで行っても、勝てたことはない。
 デンジがジムリーダーである以上、シズカがデンジに勝てなければ、彼女はリーグへの挑戦権を得られない。つまり、この旅の意味は無くなる。__約束も、守れなくなる。

「……分かっただろ。母親をこれ以上心配させるな」

 シズカが黙ったことを、自分の言葉に納得したと判断したのか、デンジの声は少しだけ柔和なものに変わった。そして、母親という単語を出したのも、両親思いなシズカを知ってのことだった。彼女の性格を考えれば、彼女はここを出て行くわけにはいくまいとデンジは踏んでいたのだ。シズカがずっとナギサにいるなら、デンジはもう二度と彼女を離すつもりはなかった。今度こそ、この小さな少女を自分の手で守りたいと考えていた。

 だが、シズカはもう、「小さな少女」ではなくなっていた。


「ちょっと、待って」


 自分でも驚くほど、シズカの声は大きかった。
 デンジは、目を細める。呆れたような、そんな表情。シズカが昔、たくさん向けられたものだった。タイプ相性がなかなか覚えられなかったとき。とくせいを間違えたとき。彼の背中を走って追って、転んだとき。呆れながらも彼は、いつも手を差し伸べてくれた。助けてくれた。文句を言いながら丁寧に教えてくれる彼の声が、指が、シズカは大好きだった。

 いつまでもそういられるわけじゃない。
 いつかは、こうならなきゃいけなかったんだ、私たちは。

 越せるなんて思ってない、けど。背中じゃない、正面から、貴方と向き合ってみたかった。





「デンジ兄さん、私と勝負してください」



( 相反するもの )( 20120705 )
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