風を切って空を飛ぶエアームドの上は、シズカが思っていたよりも暖かかった。
 振り落とされないように、とダイゴの腰を掴み、密着していることもその要因なのかもしれない。シズカは、いたって平静だった。別れの余韻が消えなかった。

「……もう、良いのかい?」

 そんなシズカを気遣ってなのか、ダイゴが声をかける。
 
「はい。大丈夫です」
「……上には話を通したよ。君の故郷のチャンピオンにもね。とりあえず旅の権利はくれるそうだ」
「私の、故郷の?」
「知らないのかい?」

 ダイゴはひどく驚いた顔をした。だが、彼女はシンオウから遠く離れたホウエンへ派遣されたことを思い出すと、彼女の故郷であるシンオウ地方の現チャンピオン__シロナについての説明を始めた。

「シロナという、女性のチャンピオンだ。色んなタイプを使いこなす人でね。歴史研究家としての顔も持ってるんだ」
「……そうなんですか」
「そういえば、君のことを話した時に是非一度会いたいと言っていたよ。今寄って行くかい?」
「いえっ、あの!」

 しどろもどろになるシズカに、ダイゴは別の意味を受信し、悲しそうに笑う。自分のした行為を思えば当たり前だ、と心の中で自嘲した。

「そうだよね……僕と一緒に長旅なんてごめんだよね。早いところナギサに戻りたいだろ? ずいぶん強引な手段を使ってしまったわけだし」
「違います!」

 焦って、シズカの声が大きくなる。

「え?」
「その……本当は、とても感謝しています。ナギサに帰れるのも嬉しいですし……なにより、ずっと私の夢だったから。だから、貴方が負い目を感じることはなにもないです。すみません、その……貴方と話していると……胸がドキドキして。どうすれば良いか、分からなくなってしまって」

 それは、充分な口説き文句だった。

「っ……!」
「あの……ごめんなさい。それから、有難う御座います」

 こんなにも密着している体制で、シズカの小さな声を聞いていると、ダイゴはどうしても意識が高まってしまって仕方がなかった。健気で可愛らしいシズカの姿は、一目見たときからダイゴには魅力的に映ったのだ。

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせている情けない主人の姿を見て、エアームドはこっそり呆れ帰っていたという……。


 気まずい沈黙が続いた空の旅が終わり、潮の香りが漂ってくる。
 ソーラーパネルの道が特徴的なシズカの生まれ故郷、ナギサシティだった。シズカは、慣れ親しんだその空気を存分に吸い込む。ただただ、懐かしかった。
 ダイゴはエアームドをボールに戻すと、シズカの横へ並びキョロキョロと街を眺める。いたるところに設置されたソーラーパネルは、彼の目には珍しいものに映る。

「へぇ……初めて来たけど、ずいぶん発達した街なんだね」
「ソーラーパネルですか?」
「うん。エコを意識しているのかい?」
「いえ、特にそういうわけじゃなくて……ジムリーダーが、電気を使いすぎるんですよね。だから、よく停電になってしまって」
「ジムリーダーが?」
「そうなんです。ジムの改装が趣味で」




 シズカは話に夢中になり、自分の背後に、懐かしい『彼』がいることに、気づかない。




 彼はじっとシズカを見つめた。
 どうして、彼女がここにいるのか。



 今日は、彼__デンジにとって、ごくごく普通の一日だった。



 ジムの改造は、シズカがいなくなってからなんとなく始めた趣味で、元々機械を弄る才能に長けていたのか、デンジはそれにのめりこんで行った。結果的に街の停電を起こすことも度々あったが、彼はそれをやめず、気まぐれに行っていた。
 その日は、三日もかけて完成したジムの仕掛けにバグがあると、ジムトレーナーからの報告があり、面倒くさいと思いながらもようやくそれを直し終わったのだった。ちょっと機械が動かない分は人間が動いてカバーしろよ、と理不尽なことを思いながらも、一時間ほどで修理は終わった。
 そこへやってきたのが、親友であり、現シンオウの四天王でもあるオーバだった。彼はよくこの場所へ遊びに来るのだが(デンジにとっては迷惑極まりなかった)、デンジの表情が疲れているところを見ると、気を遣って食事に誘った。
 どうしてもジムに篭りがちになるデンジを、外に誘うのはだいたいオーバで、久しぶりに浴びる太陽の光に、デンジは目を細める。

「どうする? 何食いに行く?」
「んー……アサギの食堂とか」
「おおー……そりゃまたずいぶんと遠出だな、おい」
「飛んだらすぐだろ」
「いや、お前もおれさまも飛べるポケモン持ってねぇじゃねぇか」
「アレだ。お前フワライド持ってただろ。あいつに捕まって……」
「何日かけるつもりだよ! えーと、じゃあゴヨウにテレポート出来るポケモン借りるか……? でもテレポートでどれくらいの距離がいけるんだ……?」

 ぶつぶつと考えているオーバを放置し、デンジは一人ですたすたと歩き始めた。どこかの草むらでひこうタイプを捕まえれば良い。ボールの確認をしながらデンジがナギサシティの入口までやってきたところで、彼は自分の目を疑った。



 その少女は間違いなく___自分がなによりも大切に守っていた、小さな少女だった。



( 誓いと融解 )( 20120705 )
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