シズカは近所のヤツだった。
俺より五つくらい年は下。女。近所付き合いとかいう風習はあったらしいので、そいつが喋れるようになったときには俺の名を既に呼んでいた。
『でんじ!』
いつまでたっても"さん"をつけやがらない。
だが俺を追って走って転ぶシズカは、いつしか俺の興味の対象になっていた。
昔から、俺は基本的に、興味を持ったものにしか目を向けない。世界は「俺」と「俺が興味を持ったもの」と「その他」。
ポケモンと、そしてシズカはその他に入らなかった。
シズカはやがて物心ついたのか、俺にポケモンのことを教えてほしいとせがんだ。
『んなの親に聞けば良いだろうが。俺は面倒だ』
そう突き放しても、母さんは反対して教えてくれない、と膨れっ面をしたものだから、仕方なく、俺はポケモンを一匹譲ってやった。
しかもイーブイという珍しい種類だ。
それから俺は技を教えてやり、進化のことも、とにかく俺が持っている知識を全てシズカへ注いだ。俺は既にもう、ナギサで一番だと言われていて、とにかく周りが弱くて、楽しみがなにもなかったからかもしれない。
めきめきシズカは強くなったが、俺はその間にジムリーダーに就任した。
『流石です、デンジ兄さん』
昔みたいな無礼さはもう欠片もなかったシズカは、俺のやったイーブイを進化させ、そしてどこから入手したのか他にも沢山のイーブイを持っていた。
やがて"石が欲しい"とシズカが言っているのを聞いて、俺は誕生日に与えてやった。
シズカは、輝いていた。大きな夢を描いていた。ポケモンを、なにより、愛していた。
そうしてアイツは、強くなったはずなのに。
「どうして今、ここにいない」
『さよなら……"ジムリーダーのデンジ"さん』
あんな他人行儀な呼び方をすることを許した覚えはなかったのに。
「俺が悪いのか? アイツにポケモンを叩きこんだ俺が」
『私はホウエンに行かなくてはいけないんです。デンジさん』
待てよ、お前はシズカのままだろう、『ピクニックガール』になんか、縛られて暮らすことなんか、
「……くだらない」
『貴方と私はもう違います。選ばれた貴方と、主人公様の為に存在する私とです』
手を伸ばしても、どんなに叫んでも、アイツは振り返りもしなかった。
ただ、自由と引き換えに得たIDを俺の手に残して。
……俺が、ポケモンを教えなければ。ポケモンを渡さなければ。アイツは俺の傍からいなくならなかった。俺の後ろを追って、転んだシズカを助け起こすのはずっと俺の役目だった。
その後悔はずっと俺にまとわりつき、シズカ以外とのバトルは全く楽しめなかった。バトルに熱く心を躍らせることも、無くなっていた。
ただ、三年の月日が経ったことに気づいたとき、俺はあの日から触りもしなかったあのIDを手に取っていた。
病気をしていないだろうか。遠く離れた場所で一人で。隠れて泣いているんじゃないだろうか。アイツには俺がいないと駄目なんだ。俺が___俺がずっと、守って、
ジムリーダーの肩書きなんて、俺には必要ない。アイツさえ、戻って来るなら、それで良い。だから早く戻って来いよ。泣いて俺に縋りつけよ。なぁシズカ。
( Dear my precious girl )( 20120705 )