「じゃあ、またね、チェレン」

 こうやって別れを告げるのは何度目だろうか。私は何度彼に「またね」を言っただろうか。イッシュとカントー。簡単に会いに行ける距離ではなくて、チェレンも、私も、ひどくもどかしい日々を送っている。船の汽笛が鳴っていて、私はもう帰らなくてはならない。


 私たちの出会いは私がイッシュに修行をしにきたことがきっかけで、アーティさんのアトリエに通いながら、彼との愛を育んでいった。彼はイッシュで一番初めのジムリーダーで、その忙しさはずば抜けているだろうに、私のために時間を作ってくれた。私たちは上手くいっていたと思う。性格も、趣味も、不思議とシンクロしていた。傍にいるだけで居心地が良かった。
 両親が私にくれた時間は二年間で、二年以内にアーティさんのところで何か結果が出せなければ、カントーに戻って家を継ぐように言われていた。両親が求める結果と、現実におけるその難しさは比例していて、私の才能と天秤に掛けるとその天秤が壊れてしまうことは分かっていた。だからいずれにせよ私がチェレンと一緒にいられるタイムリミットは決まっていたのだ。チェレンには、出会ったときにその話をしていたので、彼もまたそのときが来ることを、覚悟していた。
 結局私はカントーへ帰り、それでもチェレンとの関係を続けていた。私たちはお互いの場所を行き来しながら、お互いを満たしていた。

 別れ際の彼は、いつもひどく優しい。私は、それが寂しい。

『君のことをいつも想ってる』
『君が存在していることが、僕の力になるんだ』
『次に会うときまでに、僕はもっと頑張るから』

 彼に似合わないような気障な言葉は、ますます別れの辛さを思い出させて。

 彼はジムリーダーになってから三年が経つと言っていた。まだ駆け出しのトレーナーだった頃、彼は色々なことに巻き込まれたらしい。チェレンの思い出話を聞くたびに、私もまた自分のことを思い出す。カントーを走り回って、新しいものと出会っては絵を描いていたあの頃を。チェレンは私の絵を好きだと言ってくれた。照れくさそうに感想を述べてくれる、彼の手の所作が好きだった。


「……シズカ!」

 船に乗り込もうとした私の腕を、チェレンは掴んで引き止めた。船の汽笛が一番大きくなり、ゆっくりと動き出す。
 私は何が起こったのか理解できずに、立ち尽くしていた。

「っ……ごめん、僕は……歯止めが利かなくて。ごめん」

 チェレンは俯いている。私はその先の言葉が聞きたくて、促すように黙っていた。

「君に、行って欲しくない」
「……チェレン」
「いつも素直に送り出せるほど、僕はまだ大人じゃないみたいだ」

 年の割りにすごく大人だよね、って言ったの気にしてるの。そう聞こうとしたのに、叶わなかった。チェレンの綺麗な顔が近づいてきて、唇が触れ合った。
 砂糖菓子がほどけるような甘いくちづけ。

 彼の我が侭を聞けるのは世界で私だけ、なのだ。


( まっしろな罪 )
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