キッサキに着いたとき、当たり前と言えば当たり前だが、深深と雪が降っていた。それなりに厚着をしてきたつもりだったのにあまり意味はなく、一刻も早くこの場所を抜け出さなければと、フライゴンをボールから出した。外に出された途端、彼は足元に降り積もる雪の、そのふわふわとした不思議な感触と肌を刺すような冷たさに、大げさに身体を弾ませた。

「ごめん、寒いと思うけど、南東の方向に飛んでくれる?」

 彼も、この寒さを一刻も早く抜け出したいと思ったのか、私が背に乗ったことを確認するとすぐに上昇し、南東__ナギサシティに向かって翼をはためかせた。元々、フライゴンは砂漠にいるポケモンだ。そんな彼を連れて来たのは失敗だったかもしれない。そうといえども、新しく仲間になった彼を見せびらかしてやりたい、というのも本音だった。出不精のあの人は、きっとホウエン地方のポケモンをあまり見たことがないだろうから。

 ホウエンの大学に行くことを告げたのは、もう全ての準備が整った後で、そんな私はとてもひどい女だ、と思う。「別れてくれてもかまわない」と言ったことも。あの人の傍と引き換えに得た大学生活はとても充実したものだったけれど、何も言わず送り出してくれたことが気になって仕方がなかった。四年間、ずっとやりたかったことをやり続けて、会いに行くこともしなかった私に、愛想をつかさなかった。機械上の文章からは、そう思われた。いや、都合よくそう受け取っただけかもしれない。
 もしかしたら、これから告げられることは別れ話だ。

 ポケモンセンターを見つけたため一度降り、フライゴンを休ませた。彼の好きな味のポロックを食べさせると、嬉しそうな声で鳴いた。実は、彼をパーティに加えたのは、あの人とのバトルで一泡吹かせるためでもあったりする。一目惚れをしたのもそうだが、でんきタイプのエキスパートであるあの人に対してじめんタイプは天敵だ。一種の嫌がらせである。
 夜になっても私は出発しなかった。結局ポケモンセンターに一泊することを決めた。

 __馬鹿だなぁ、私は。

 怖がっているのだ。どうしようもなく。会えば、小さく繋ぎとめていたものが、いよいよ壊れてしまいそうな予感がして。
 どうせ私はもう一度ホウエンに帰る。院に入り、オダマキ博士の元で研究を続けることになっていた。それはあの人にも告げるつもりだった。そうすればいよいよ、私は愛想をつかされるだろう。そのときを……たまらなく、恐れている。こんなところで時間を稼いでも、キッサキに着いたところで何も変わりやしないというのに。



「これから休憩はとらないけど、大丈夫?」

 彼は返事の代わりに翼をはためかせた。休息が必要だったのは私の方で、彼には一気にキッサキからナギサへ飛べるほどの体力があるということは自分でも分かっている。
 彼の背にまたがり、舞い上がる砂埃の中で、心臓をあやすことに必死だった。
 私は結局、それほどにあの人を愛しているのだ。
 嫌われたくない。手を離されたくない。我が侭を言ったのは私の方なのに。



 ナギサに着いたのは、昼をまわった頃……今の時間だったら、ジムにいる可能性は低いだろうか。電話を、してみようか。

「……もしもし、デンジ? あの、今ナギサに着いたんだけど……」
『……どこにいる?』
「えっ、ああ、えっと、ジムの前に……」
『分かった』

 すぐに電話が切られ、私は手持ち無沙汰だ。分かった、ということはジムの前で待っていろ、ということなのだろう。彼らしい言葉の少なさが、懐かしくてくすぐったかった。
 フライゴンはきょときょとと周りを見渡している。この街の特徴であるソーラーパネルが珍しいのだろう。申し訳ないが、少しだけボールの中へ入ってもらう。きっとこれからデンジと私は大切な話をするからだ。


「シズカ!」

 声のした方へ振り向くと、四年振りに会うデンジが立っていた。
 あの凹凸のジムの中を走ってきたのだろうか。息を乱していて、ゴーストでも見るかのような目で私を見ている。

「デンジ……」

 つかつかとこちらに近づいてきたデンジは、私のボストンバックを持ち上げて、勝手に歩き始めた。どうやら、彼のプライベートルームと化しているジムの中の事務所へ向かっているらしい。後ろに続く私にデンジは歩きながら声を掛けた。

「船は昨日に着くんじゃなかったのか?」
「あ……着いたのは昨日だったんだけど、センターで一泊したから」
「母親には会ったのか?」
「まだ会ってない、けど。こっちにいる間には会うつもり……」

 階段を上る足が、止まった。

「……こっちにいる間?」
「あ、それは、話そうと思ってたんだけど」
「もう、卒業したんだろ? こっちに住むんじゃないのか?」
「……実は、院に残ることにしたの。オダマキ博士って知ってるでしょ。あの人の研究を、少しずつ手伝わせてもらって……」

 デンジは、こちらを振り返る。
 階段の段差もあり、いつもよりデンジの顔は高い位置にある。

「ん……っ、」

 唐突に、キスをされた。
 次第に酸素が足りなくなり、彼を押し返す。分からなかった。彼の真意が。これは、別れのキスなのだろうか。最後のキスなのだろうか。

「っ……なんだよ、それ。四年も待たせておいて……これ以上、待てるかよ……」
「デンジ、」
「お前が戻ってくるって言ったんだろ。だから待ったんだ。帰って来たっていうのはそういうことだろ。行かせねぇよ。これ以上どこにも行かせるかよ!」

 普段無愛想な彼が、こんなにも声を荒げるのは珍しかった。抱きしめる腕の力は強く、私の涙腺を緩ませるには十分だった。

「っ……ごめ、わたし、」
「シズカ……シズカ」

 うわごとのように名を呼ぶデンジを見て、彼をこうさせてしまった私は馬鹿な女だ、と思った。

( 青に変わる叙情 )
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