『良かったら、皆さんにもおすそ分けしてあげて』

 そう渡されたタッパーの中には、あかり特製の芋ようかんが詰められていた。ご丁寧に小さなプラスチックナイフと楊枝までつけられたそれは、長時間冷蔵庫に入っていたことを主張するようにひんやりとして、持ち心地が良かった。
 零がそれを持ち、談話室と化している一室へ入ると、ちょうど見慣れたメンツが来ていて零はほっと胸を撫で下ろした。缶コーヒーを煽っていたスミスが人懐こい視線を向けてくる。

「よお桐山。どうした、そんな大事そうに抱えちゃって。なんだそれ?」
「どうも。えっと、あかりさんが芋ようかんを作ってくれて……皆さんでどうぞ、と」

 あかりさん、という言葉を聴いた途端、数人の男たちのテンションが急激に上がった。

「まじかよ! うわー、さすがあかりさん……気が利くなぁ」
「今日来て良かった! 本当に良かった!」


 そんなことは気にもせず、タッパーを開けた零は人数分どうやって切り分けようかと算段を取り始めた。お皿は出さなくていいよな、とプラスチックナイフを通していく。綺麗に長方形が揃ったところで、零は楊枝を配った。

「やー、美味そうだな。どうせだしお茶淹れるか」
「そうですね。あ、島田さん僕淹れますよ」
「良いから良いから。座ってろ」

 零が立ち上がろうとするのを手で制して、島田がお茶を淹れようと立った。



 そこへ、襖が開けられる。

 入ってきたのは、会長の神宮寺だった。暑さにまいっているのかネクタイを緩め、パタパタとうちわを扇いでいる。

「うっわ、この部屋涼しいなぁオイ。冷房何度にしてんだよ」
「冷房は弱いですけど、扇風機回してるんすよ。そうすると設定温度が高くても大分涼しいっすよ」
「へぇ。スミスお前よく知ってんなぁ」
「スミスは一人暮らしだからそういう知恵がすごいよな」
「……一人暮らしとか、そういうのは余計なんですけど。んで、会長はどうしたんですか?」
「いや、実は待ち人が来るまで暇でさー、お前らいるかなって思って」
「……なんじゃそりゃ」
「だって一つの部屋に固まってた方が節電になるだろ!」
「まぁそりゃそうですけど」

 神宮寺は空いていた座布団の上に胡坐をかき、車座に加わった。そこへ島田が湯飲みを置く。

「おい島田ぁ、お前さんこんな暑いのに熱い茶を飲むのか?」
「あかりさんからの差し入れの芋ようかんに合わせたんです!」
「え、芋ようかん?」
「会長も食べますか?」
「おう! 食べたいねぇ」

 零が楊枝を神宮寺に手渡した。少し多めに切ったのは正解だったらしい。零はタッパを引っくり返し、蓋の上に切り分けた芋ようかんを出した。
 次々に手が伸び、芋ようかんが無くなっていく。程よく塩気が効いたそれに皆舌鼓を打ち、堪能した。
 やがて三切れほどぽつんと残ったのを見て、神宮寺は零に言った。

「なぁ、これ一切れもらってっても良いか?」
「え、良いですけど……」
「宗谷も芋ようかん好きだったからな」

 何気ない一言だったが、『待ち人』とは宗谷冬司のことだったのかと、全員が少しだけ静まった。名前だけで、彼の冷たい息吹がその部屋を通ったようだった。

「会長」

 再び襖が開けられる。

「宗谷さん、着きました」
「おう、分かった。今そっちに行く」
「いえ、もういらっしゃっていて……あ、宗谷さん、」

 そのまま、部屋に入ってきたのはいつもとは違いラフなワイシャツ姿の宗谷である。だが、額に汗一つ浮かんでいないところは彼らしい。思わぬ神様の登場で、国の住人たちに緊張が走った。

「おー、早かったなぁ、宗谷」
「どうも」
「お前芋ようかん好きだっただろ?」

 芋ようかんが刺さった楊枝を宗谷が受け取り、小さく咀嚼した。続けざまに二口、三口、と。ようかんはすっかり宗谷の口の中へ消えていった。

「美味いだろー? あかりちゃんってのはさ、ほんとに料理も美味くて 「……しい」 ん?」



「シズカの作ったやつのほうが、美味しい」



 それから、何事もなかったように宗谷は部屋から出て行く。シーンと静まり返った室内では、神宮寺の笑い声がよく響いた。


( 「こりゃ、一本とられたな! のろけやがってあいつ」 )



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -