部屋のドアが急に蹴り飛ばされたような轟音と共に開き、それは常人では驚くべき出来事だったが、ペトラにとっては定期的であったために、彼女はそのままカプチーノの香りを楽しんでいた。

「いらっしゃい」

 ペトラが明るく微笑むと、シズカはすぐさまソファの後ろへ逃げ込んだ。
 まるで猫の仕草だ。小さな体躯にしなやかなバネと筋肉を持つ兵士である彼女は、そういえば雰囲気も猫そっくりな気がする。

 シズカがペトラの部屋に飛び込んでくるのは、珍しいことではない。
 それにはもちろん理由がある。



 ペトラは、豪快に開け放たれた戸を閉めようと立ち上がったが、残念なことにそれは間に合わなかった。間に合わない、というのはつまり、彼女の上司である、リヴァイ兵士長が、息一つ乱さず部屋の前で鋭い眼光を彼女に飛ばしていたのだった。

「シズカが来ただろう」
「さあ、今起きたところなので」

 このやりとりも毎度のことである。ペトラとて、人類最強の兵士のお怒りを買うことは出来るだけ避けたいのだ。なんせ直属の上司でもあるし。というわけで、いくら可愛がっている同僚といえど、匿いきることは、いつも出来ないのだった。
 リヴァイは一つ舌打ちをし、ペトラの部屋の中へずかずかと入っていった。そして、ソファの後ろで丸くなっているシズカを見つけ、捕まえる___はずだった。

 リヴァイが入ってきた途端、シズカはそのバネを使ってソファの後ろから飛び出し、廊下を駆け抜けていく。なるほど、いつもはここで捕まってゲームオーバーになるのだが、彼女はここを隠れ場所としてではなく休憩場所として使うことにしたのだろう。リヴァイも慌てて踵を返し、後を追っていった。


 生温い視線で、ペトラはその一部始終を見ていた。彼らが去った後はまるで嵐か台風のようである。
 なぜリヴァイはシズカを追い掛け回すのか。
 これは、血生臭いこの調査兵団の中で唯一の、分かりにくい愛の形なのである。

 なんの因果で、男という生き物にトラウマがある少女に、人類最強の兵士が惚れてしまったのだろうか。
 日夜トラウマに追い掛け回されるシズカ。日夜シズカに拒絶され続けるリヴァイ。
 果たしてこの負のスパイラルは、今日こそ結末を迎えるのか。





「ひっ……来ないで……」
「なぜ俺を拒絶する」

 とうとう今日も壁際に追い詰められたシズカは、過去の出来事を思い出しぶるぶると肩を震わせていた。その大きな瞳から、とうとう涙がぼろぼろと零れ落ちる。
 これにはリヴァイも、流石に驚いた。シズカの涙を見たのは初めてだったからである。

「っ……うっ、」
「一つだけ質問に答えろ。上司命令だ」

 だが、そこで優しさを与えてやらないのが、このリヴァイという男である。その声はナイフのように鋭く、シズカが追い詰められた壁に刺さるようだった。

「お前はなぜここに入った? 調査兵団など男が多いことは分かっていただろう」

 シズカは、黙りこんで、床にシミを作っている。
 リヴァイは、とうとう壁を蹴り付けた。強い振動がシズカの身体に響き、びくりと華奢な肩を震わせるその姿は痛ましい。

「……過去に何があったかは知らんが。ここではお前の過去も、人格も、トラウマもゴミ同然だ。一介の兵士であるお前が私情を挟み、仕事に影響をきたすことは、どれだけこの組織に迷惑をかけているのか分かっているのか? 技術だけでここに残れると思ったら大間違いだ。俺に従えないのならさっさと荷物をまとめて帰れ」

 これは、兵士長という立場からの言葉だった。

 そして、一泊置いてリヴァイは、シズカを抱きしめた。小柄なリヴァイにもすっぽりと納まってしまうほどに、彼女の身体は小さい。

 これは、一人の男としての、行動だった。


「……平気じゃねぇか。今まで何を怯えてたんだ、お前は」
「へ、いちょ」
「大人しく俺の女になれよ。俺で慣れろ。命令だ」
「……横暴、ですよ」


 震えはもう止まっていた。



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