この世界は底無し沼のようだ。

 必死で泳いで、やっと陸に上がれたかと思えばまた、沼に突き落とされる。誰も陸の厳しい吹雪に耐えきれない。そこに宗谷冬司という男がいる限り。

 そして沼の中ではたくさんの手が俺の足を掴んで、底へ底へと引きずり下ろそうとする。その手を払いのけて、払いのけて、ようやく陸が見えるのに、

 吹雪の前に、目が開かないんだ。




「……開?」

「……や、……大丈夫だ」
「嘘ばっかり」

 シズカは少し怒ったような顔で、きっぱりと言い放った。

 そしてポンポン、と自身の大腿を叩いて。

「遠慮しなさんな」
「……いや…お前さん、それは、さすがにだな」
「つべこべ言わないの!」

 強い力に引かれて、柔らかな足の感触を感じた。瞬間的に邪な色を見てしまう。先ほどまで将棋盤を映していたテレビは、真っ暗だったから、部屋はとても静かだった。
 身体の向きに従って、その真っ暗なテレビを見つめる。

 シズカの手が、ゆっくり俺の背中を撫でている。

 良い年をしてこんな風に世話をされるのは、情けないと思いながらも心地よかった。下世話と言われようがなんと言われようが、何より彼女の膝枕は効いた。

「なぁ シズカ」
「なぁに、」
「俺はかっこ悪いな」

 自重気味に笑う。

「……開らしくもない」


 ___ポタ、


「…シズカ?」
「開はかっこいいよ。だってあんなに努力してるの、私知ってるもん。それを否定しないで__っ、う、」
「……おいおい、なんでお前さんが泣くんだ……」

 シズカは子供のようにぼろぼろ泣いていた。その滴は全部俺の顔に落ちてきて、視界が遮られる。困ったことになった。

 だから、身体を起こして、唇を塞いだ。


「か、い」

 太陽のような彼女の光があるならば、今度こそ俺は吹雪を越してみせよう。



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