いつもより長く感じた土日が終わり、俺はいつもより少し早めに起きて、自転車に跨った。今日こそはネクタイが曲がっていないことを確認し、ペダルを漕ぐ。15分ほどすれば、きみの家に着く。
押しなれたチャイムなのに、酷く緊張した。指を伸ばし、押しかけたところで、玄関のドアが開いた。きみが出てくる。きみの後ろには、一週間前と変わらない、優しい笑顔のきみの母親がいる。
「おはよう、北原くん。ごめんねぇ、迎えになんか来させちゃって……」
「っ、いえ、おはようございます」
「優子を頼むわね」
「はい、」
頼むわね、その言葉の裏に、とても重いものが含まれている気がして。それが背中に圧し掛かった。
「北原くん、おはよ」
「おはよう、優子」
ほの甘くきみが笑う。行ってきます、ときみは手を振って、俺の隣で歩き始めた。俺は自転車から降り、押しながら歩く。
「あの、北原くん」
「ん?」
「自転車、乗らないの? 押すの大変じゃない?」
「大変じゃないよ」
「……毎朝、こうしてたの?」
「いや。優子も自転車通学だったよ。でも今は修理に出してるんだ」
「そうなんだ」
きみの自転車は、一週間前の事故で壊れたということをきみは知らないだろう。言う必要もないと思った。
「それで、実はうちの学校は自転車通学が禁止なんだよ」
「えっ! そうなの!」
「でも、殆どの生徒は学校から5分くらいの駐輪場にとめてる。俺らもそうだったよ」
「そっかぁ。それ、バレたりしないの?」
「まぁ殆ど黙認ってやつだね」
「なるほどー。そうそう、昨日ね、有紗…と、電話してね」
「品川と?」
「えーっと、北原くんのこと、色々教えてもらった」
「……俺のって。いやな予感しかしないんだけど」
「北原くんはねー、学校の王子様でー、毎日ラブレターもらってるとか。成績も良いだとか。弓道部の副部長だとかー」
「……品川は絶対、俺のことからかってんな……」
「え、嘘なの?」
「弓道部の副部長は本当だよ。成績はなぁ……だいたい、優子だって俺と同じくらいだよ? 俺がいっつも負けてるけどさ。んで、王子ってのは品川の勝手な脚色」
「そうなの? でも北原くんさー、確かに王子様みたいだよねー、私と釣り合わないなぁ、って……しばらく考えてたんだけど。ええと、私から告白したの?」
「俺からだよ。俺から告った」
駐輪場に着き、自転車を止める。少し驚いたように顔を赤くするきみが可愛かった。
「俺が、優子のことを好きになったんだ」
「なんで、私なんかを?」
「優子は、可愛いよ。さ、行こう」
怖いのは、俺の方だ。
なにも覚えていないきみは、俺を拒絶するんじゃないだろうかとか。こうやって手を出すことすら、まるで、付き合いたてのあの頃みたいに、緊張する。
きみの小さい手を感じた。