きみの名前は、斉藤優子。優しい子、と書いて優子。きみは、少し茶色みを帯びたポニーテールが似合っていて、吹奏楽部で、トランペットをやっている子だ。グミが好きだ。この世から消滅して欲しいほど、カラスと納豆が苦手。俺から見れば、きみの腕は、脚は、とても細い。でも口癖のようにいつも痩せたいと呟いている。化粧はしていない。喜怒哀楽ははっきりしていて、ころころと表情を変える。でも大抵いつも笑っている。特に仲の良い友達が、3人いて、いつもその4人で行動しているのを見る。日本史の秋山先生をからかうのが好きだ。成績は僕と同じくらい。aikoが好きで、よくipodで聞いていた。俺にも聞かせてくれた。きみが持っているその水色のシュシュは、俺が前にプレゼントしたものなんだ。

「きみは俺の……その、彼女だったんだよ」
 俺は必死でかき集めたきみの情報をぐるぐると頭で回し、それをきみに伝えようとしたけれど、結局搾り出すようにこれしか言えなかった。きみは一週間前に事故に遭って、パズルの1ピースのような、一部の記憶がすっぱりと抜けてしまったんだ。頭に巻かれた包帯はやっととれたんだな。
 きみは、きみのご両親から、きみに起きたことを全て教えてもらっているはずだった。
 抜け落ちた記憶はほんの一部であること。例えば、楽譜の読み方とか、二次不等式だとか、そういうことは覚えているということ。ただ、俺を含め、クラスメイトたちのことは、覚えていない。

 きみのお見舞いに行って帰って来たクラスメイトたちは、みんな泣いていた。俺は、俺を忘れたきみに会いに行くのが怖かった。だからこんなにも来るのが遅くなってしまった。

「ごめん……優子。来るのが遅くなって。ごめん」

 きみは、とても困ったように笑った。

「謝らないで……ええと、」
「北原篤紀」
「北原くん。私は北原くんと、その、付き合ってたんだ。そっかぁ。北原くんは彼氏だったんだね。みんなね、北原くんが心配してたよっていうんだけど、北原くんが分からなくて。そうかそうか。私は北原くんと付き合ってたんだ」

 きみの声は、段々と小さくなっていった。何度も何度も繰り返していた。語尾が震えていた。

「ああ……、っ、……ごめん。ごめんねぇ…北原くん」
「大丈夫。優子が謝る必要は、どこにもないんだ」
「っ、ふっ、……」

 小さく嗚咽を漏らすきみの背中を摩った。

 きみの両親は、車の前で待っている。心配そうにこちらを伺っていた。きみは小さく鼻をすすった。きみは、何も変わってないよ。そのポニーテールも。泣き顔を見せたがらない強さも。涙が治まった後、きみは少しご両親を振り返った。

「優子、退院おめでとう。……その、月曜日から、学校だろ? 迎えに行ってもいいか?」
「北原くんの家は、私の家に近いの?」
「通り道なんだ。習慣だったしな」
「ええと……迷惑じゃないなら、宜しくお願いします」
「うん。じゃあ、また月曜日に」

 きみは一瞬視線を横に逸らし、それから少し照れたように笑いながら、「有難う、北原くん」と言った。俺もつられるように恥ずかしくなり、黙って、きみが車に乗るのを見送った。ご両親に頭を下げた。
 家に帰り、鏡で自分を見るとネクタイが曲がっていて、そうかあのときすごい勢いで走ったからだ、と落ち込んだ。格好つかないじゃないか。ああ、失敗した。早く月曜日になればいい、と珍しく思った。



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