「…私は一晩、100ベリーよ」
「は?」
「受付の人に、そう言えば私を買える」


 沈黙。
 やがて、融解。


 じゃあ私はもう、帰らないと。

「さよなら、不死鳥さん」


 出て来たときと同じようにカウンターへ戻る。裏口を使うのは何が意図があるのか。
 なんにせよ中途半端に話を終えられ、そして謎を残して帰られたことにもやもやと何かが残る。一人で煽る酒は何故だか先ほどより苦い。

「あんたァ運が良い」
「……なんのことだい?」

 先ほどより少しだけ落ち着いた店内の中で、裏口を見ながらシズカの姿を追うように、店主が呟く。

「シズカは、ティルジット……この島で一番大きな娼婦館の花形だ。あんなに美しいとな、海賊やらなんやらに浚われるんじゃないかと、館の主人は気が気じゃねぇんだ、シズカは元値が高ェしなァ。だから、常連だけが知ってる裏口ってのがあってだな、それがシズカが今あんたに言ったやつだ」
「…なるほどねぃ」
「もちろんシズカは100ベリーじゃあ買えねえ、一般の娼婦に比べて値は張る、だが美しい。お前も見て分かるだろう、恋に燃える女は美しいんだ」

 喋りすぎちまった、と店主はそれきり何も言わなかった。
 だがそれより気になることが、ある。

 つい先ほど出会った女のことを、こんなにも深く考えている自分に、吐き気がこみ上げた。





・ ・ ・




 潰れたクルーたちの処理を人任せに、目的地は一つ、街の人々が指を指した一際デカい建物、娼婦館『ティルジット』。月を飲み込みそうな館は、下劣で腐ったような雰囲気と柔らかい香の匂いがアンバランスだった。汚い部分を掃除したのではなく、一時的に布を被せて隠しただけ、そんな感じだ。

 小綺麗に見せかけた一階のロビーには、眼鏡をかけ神経質にペンを走らせる受付が居た。近付いてようやく気がついたのか、気取ったサービススマイルを向けられる。

「お客さん、お一人で?」
「ああ……」
「どのようなお相手をお望みで? うちには若い娘から熟した女まで豊富に備えてますよ」
「……100ベリーの女は、いるかい?」

 言うと、受付はハッと表情を変える。

「…お客さん、そいつをどこで知った? 一見のあんたがなぜそれを知っている?」

 サービススマイルは崩れ、鋭利な刃物のような視線が向けられる。

「…それを俺が言う理由がどこにあるってんだい」

「………シズカは今夜、他の客に買われている。明日以降にしてくれ」


 ギロリとにらみ返したのが効いたのか、諦めたのか。いずれにせよシズカがここにいるのは嘘ではなかったらしい。

「また来るよい」




 そのまま手配された宿へ戻った。相変わらず、シズカは俺の中を支配している。
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