一端の男としても、女は好きだ。だから島へ上陸すれば、一晩女を買う。男として、というよりも海賊として義務感を負いながら買っている気がするが、細けえことは良い、女としても金が欲しいだけ_まぁ不死鳥の名につられて本気で仕掛けてくる馬鹿もいるが_俺にしても、性欲を吐き出すだけ、そのドライな関係に愛なんてものはない。
そりゃあ綺麗な女には興奮するが、ある程度整っていりゃあなんでも良い。
今までの俺は、そうやって生きていた。
・ ・ ・
「なぁ、マルコ」
島を目前にしたとき、デッキにもたれたエースがにしし、と笑う。
「この島な、すっげえ美人がいるんだって。一番でけえ娼婦館の一番人気の花形で、滅多に相手してくれないんだと。
特に俺たちみたいな海賊は」
内容は極めて、まだ青いと感じさせるようなもの。そういう風にいわれる美人など、今まで何度となく見てきたが、結局大したことはない、噂負けする女ばかりだった。
「……で、なんだよい」
「見たくねェ?」
「……興味ねぇよい、だいたいなエース、お前そうやって期待しすぎると痛い目見るぞい。噂ってのはそういうもんだい」
「なんだよ、マルコノリ悪ィなー」
「なんとでも」
やがてモビーディック号が島へ到着した。錨を下ろし、各隊長から隊員に指示と注意事項が下される。1番隊は今回は買い出し当番ではなく、4日目は船当番、それ以外は自由だ。
島に着いてまずは、酒場に飲みに行くのが通例だ。エースがご機嫌に肩を組んできた。久々の陸地が嬉しいのだろう。少し暑苦しくはあったものの払いのけはしなかった。
やがて賑わいを見せる酒場へと入る。クルーたちもいつの間にか集合し、あっという間に酒場は白ひげ海賊団にのまれる。店の主人は海賊の扱いには慣れているらしく、むしろ嬉々と酒を運ぶ。店にいた他の客は逃げるようにいなくなったが、まぁ問題はないだろう。
どんちゃん騒ぎから離れて、一人片隅で酒を煽る。島の特産品なのか、深い苦味のあるその酒は美味かった。
唐突に、カウンターへ女が加わる。
「こんばんはおじさん、今日は大盛況じゃない」
「やぁシズカ、また店抜け出してきたのか?」
「秘密、ね。席は有るのかしら?」
「もちろん、シズカの席は空けてある」
主人と一言二言交わしてから、海賊だらけの店内など気にせず、女は店主が置いた椅子に座る。奇しくも端で飲んでいた俺のとなりに座った。
女が深い鍔の帽子を取ると、流れるように髪が零れた。
そして、息を呑む。
(綺麗とか、美人とか、そういう次元じゃねェだろい)
色白の肌に薄く色付いた頬、夜空を切り取ったかのような瞳の色。艶めかしく輝く長い髪。
既に後ろでできあがっている連中は、彼女に気付いていないようだ。
視線を感じたのか、女がこちらを向く。交差する。口元に鮮やかな笑みをしたためてから艶めかしく唇が動く。
「こんばんは。貴方が船長さん?」
「いや、違ェよい。俺ァただの隊長だ。白ひげ海賊団っていやあ分かるかい」
その名前を出すと、女は目を見開く。
「じゃあ貴方は……『不死鳥』マルコね」
「おや、俺のことも知ってんのかい、嬉しいねい」
「そりゃあそうよ、……不死鳥さん、ふふ。そんな人も来るのね」
少し話しただけで、息が上がる気がして、良い年をしながら情けない。
見た目だけでなく声まで心地よいのか。
名前を呼ばれると、どくりと心臓が跳ねる。
「なぁ……お前さん、名前なんてえんだい?」
「シズカ、よ不死鳥さん」
「シズカ」
口の中で転がすように呟く。
「シズカ…お前さん恋人はいるのかい?」
口から飛び出した言葉に、我ながら驚く。これじゃあまるで、
まるで__
「いる、わ」
俺が、惚れてるみたいじゃねえかよい。