(※現パロ / 夫婦設定 )



 身長が小さいことなんて、気にしなくて良いのに。
 毎日、どんなにあわただしい朝でも必ずコップ一杯の白いそれを飲むのを見て、密かにそう思っている。口に出さずにしておくのは、リヴァイの般若のような表情が目に浮かぶからだ。無駄な厄は避けるに限る。

「お弁当持った?」
「ああ。今日はエルヴィンたちと飲んで帰る」
「じゃあご飯は待ってるね」
「分かってると思うが、相手を確認してから玄関を開けろよ」
「はいはい」
「……じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」

 軽いリップ音がして、煙草の濃い匂いが玄関から途切れた。
 リヴァイと結婚してもう一年が経つけれど、この朝の風景は変わることがない。
 変わりがないことは幸せだと、思う。彼に大切にされていることを、程よく実感している。

 最近リヴァイがいつも増して用心深いのは、このマンションで宅配便を装った押し入り強盗があったところに原因がある。夫が出かけている隙に家に一人でいる主婦を狙った悪質な犯罪で、被害に遭ったのは二階下の可愛らしい奥様だった。
 マンションは警備を強化していて、もうこんなことはおこらないとは思うけれど、リヴァイが心配をしてくれるのは素直に嬉しく、しっかりチェーンをかけることにしている。宅配便もしっかり日にちを確認するようにして、リヴァイが留守の間この家を守るのは私だと自らを鼓舞するようになっていた。










『ちょっと、シズカ呂律回ってないよ? 大丈夫?」
「んーだいじょーぶ! ぜんぜんよっれないから」
『酔ってる酔ってる』


 午前1時を回り、リヴァイはまだ帰ってこない。

 リヴァイの上司であるエルヴィンさんは愛妻家で、彼と飲みに行く日は帰りが早いのが通例だった。だからご飯を共にするつもりで待っていたけれど、待ちきれずさきほど食べ終えてしまった。久しぶりの一人きりのご飯は、なんとも味気ない。

 基本的にリヴァイは酒にあまり強くない。むしろ弱いほうだ。
 だけどそれを自分で自覚してるから酔いつぶれることはないし、人に世話をかけることはリヴァイの最も嫌っていることだから、今までなら11時には帰ってきていたのに。
 連絡がないところもまた不安でしかたない。

『旦那さんまだ帰ってこないの?』
「うんー……いつもならとっくにかえってきてるのにぃ……」
『連絡は?』
「ないー……これがうわきってやつなのかなぁー……うー……」
『気が早いって。飲みに行くって行ってたんでしょ』
「でもいつもならかえってきてるんだよ?」
『今日はなにか話が弾んでるのかもよ』
「そぉーかもしんないけどさぁぁぁ!!!!」


 ふにゃふにゃとした思考で声を張り上げたところで、ピンポーンと高らかにチャイムが鳴った。


「あ、帰ってきた!」
『あら、良かったじゃない』
「うんありがとー! じゃぁまたー!」


 電話を切り、玄関へ向かう足も自然と浮き足立つ。
 チェーンを外し、カギを開けた______そのとき、

 ぞくりと違和感が走った。



 "どうして、カギを持っているはずのリヴァイがチャイムを鳴らすの"




 ___一瞬だった。

 手袋を嵌めた生暖かい手で口を塞がれる。

「へへ……奥さん、気をつけなきゃいけないよォ……こんな夜中に確認もせずにドアを開けるなんてさ……無用心にも程がある」
「…………!!!!」
「ちょいと大人しくしてくれれば悪いことはしねぇよ」

 男は慣れた手つきで、片手で私の腕を縛った。じたばたとあがいても、酔いの回った身体では力も入れることができず、取れない。脚で抵抗を試みるも、蹴り出したそれは男の手に掴まれ、また縛られる。

 驚いたことに、……声が、出ない。
 ただただ恐ろしかった。適わない相手を前に、抵抗の術がなくなったことが。口を空けても、虚しい呼吸音がひゅーひゅーと鳴るだけだった。
 酔いはとっくに冷めていたが、それは逆にこの恐ろしさを助長するだけで。
 身体が竦む。涙が、止まらない。

「……奥さん、あんた随分、そそるような表情をしてくれるじゃないの」
「っ!!」
「予定変更だ。俺ァ人妻ってのが大好きでねェ。この前はまぁ可愛げのない野蛮な女だったから何もできなかったが、あんたは良い思いが出来そうだ」

 まさか。そんな。

 男の手に、触れられている。

 嫌だ、



 _____いや、きもちわるい……リヴァイ、リヴァイ!!!!!!!!







「俺の妻に、何をしている」













 男がボコボコにされ転がされた横で、リヴァイは黙ったまま私の紐を引き裂いた。

 そして、強く、強く抱きしめられた。


「……遅れて、すまなかった……怖い思いを、させた」

 私は何も言えず、首を振る。煙草の香りが私を安堵に浸らせて、涙がとまらなかった。

「俺の、帰りを、待ってたんだろう。バカヤロウ。俺がもう少し遅かったら、俺はあの男を殺していた。シズカ。それぐらい、お前が大切なんだ……愛している……」

「愛している」

「愛して、いる」


 何度も何度も、リヴァイは呟いていた。警察が来て、男を連れて行くまでずっとリヴァイは私の背を撫でてくれた。




 この事件以降、私はリヴァイの許可と監視なしにお酒を飲むことが禁止になった(いやもちろん、私が悪いのだけれども)。そして以前に増してリヴァイは心配性になり、仕事が終わると瞬時に帰ってくるようになった。それはもちろん嬉しいことなのだが……

「リヴァイ」
「なんだ」
「あの……この格好は、あの」
「俺から離れて、またお前があんな目に遭ったらどうする」
「いやそれは、本当にそうなんだけど、離れるの定義が……」
「うるせぇ」

 彼が牛乳を飲んで家を出るまで、文字通りリヴァイは私から離れることもなく、ぴったりくっついて生活するようになってしまったのだった。
 そんなわけで私のエプロンからは、彼の煙草の匂いがする。



( 20111214 )
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