「やだあ後藤さんってば、避難所として私の家に使うの、やめてくださいよー」
「うるさい」

 スーツを放り投げ、ベルトを放り投げ、ネクタイを解いてからこのいかついおっさんはベッドにダイブして、私の言葉なんかまるで飴の包み紙かなんかのように扱う。ひどい。
 こんなナリでもA級九段。将棋盤に向かわせれば敵なし(一部あり)のおっさんである。

「せめてシャツは脱いだほうがいいですよ、皺になるから」

 返事はなし。枕に顔を伏せたままだ。
 今日はまったく、なんの日だったか。この人は誰とあたっていたんだっけ。思い出せない。今は夜中の2時頃、対局が終わったのは確か21時頃。ああだめだ、私の脳はあいにくこんなところに機能しないのだ。




「ごとーさーん」
「ねーえ、ごとーさんってばーー」
「あの女、寂しがってるんじゃありませんかー?」


 納豆みたいに後藤さんにへばりつくあの女。狐、女狐って呼んだ方が、なんだかそれらしいかも。私はあの子が好きではない。でも、この人に臆さずに噛み付いてへばりついて続けられるのはすごいと思う。
 あいつの赤い噛み跡が、後藤さんにまだ残ってる。


「…寝たんですか?」
「あーあー、嫉妬しちゃうなぁ、こんなとこに跡つけて」


「ねぇ、後藤さん。私も噛み付いていい?」



( 不要性 )
 あの女の噛み跡なんて、私が消し去ってあげるの。不毛じゃないよ、この人は私のもの。
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