別に泣く子を黙らせるつもりでこの学校に入ったわけじゃあるまいが、泣く子も黙るトラファルガー・ローとはおれのことである。なにせ自慢じゃないがおれはモテる。げた箱には毎日のようにラブレターが入っており、告白を受けた回数は数知れずだ。そこそこ上等なやつにはYESの返事をしたし、無理なやつはばっさりと切った。しばらくすると(なぜか!)別れを告げられ、また他のやつと付き合い始めるというループ。そのうち2番目でも良いとかいう女も出てきて、5人ほど彼女がいた時期もあった。そのうち噂も広まったのだろう、周囲から様々な目線を受けることが多くなったが、特に気にはしなかった。おれなりに青春を謳歌しているのだと思っているからだ。
そんなこんなで、おれは女に関しては不自由もなく、学校生活を送っていた。
はずだった。
「まだ送らねぇのかよ」
「うるせぇ黙れ」
睨んでいるのは携帯の液晶。既にボタン一つで送られる状態のメールの宛先は、シズカ。
メールの中身は、呼び出し、だった。
「まさかお前があの清純なシズカにメロメロになってるとはなぁ っと!」
足技を紙一重でかわし、「あぶねぇだろ」と笑うペンギンにますます腹が立つ。舌を打ちながらやはり指はボタンを押せず、苛立ちに拍車がかかる。
「てめえ、殺すぞ」
「おー、物騒だねェ。応援してるんだよおれは。初恋だろ?」
告白はされども、自分からしたことはなかった。それはどの女にも自分が引き込まれるような強烈な魅力がなかったからだ。けれどシズカは違う。柄になく運命という言葉を使うとしっくり来る。柔らかく笑うのも、白い滑らかな手も、なぜかおれの目を離さない。
「お前らしからぬところが見られておれは楽しいがな」
「ペンギン……後でどうなるか分かってんだろうな」
「まぁまぁ、それはシズカへの告白をした後の話だろ、とりあえず早くボタン押せよ。なかなかこっちもじれったいんだ」
「……っ、くそ……」
ひどく自分に失望する。ボタンと格闘し始めて何ヶ月経った?
押せないのは、首を振られるのが怖いからだ。分かっている。その瞬間におれの………恋が、終わるからだ。
偶然にも手に入れた隣の席を利用して、話したりだとか、授業が分からないフリをしてこっそりと教えてもらったりだとか、本当に自分はトラファルガー・ローなのかと思うような行動を続けてどれくらい経った?
「というか、直接呼べば良いんじゃないか?」
「それが出来たらこんな苦労してねェよ!」
ペンギンはたっぷりと黙った後、
何かを考え込むような仕草をして、
「なぁ、そういえばそろそろ___
キーン コーン カーン コーン
___予鈴か。戻らないとな」
「……今、何を言いかけた?」
「いや、良い」
「気になるだろ。言え」
「そろそろ席替えの時期だってことを言いかけた。だがお前には関係ないことだろう」
……こいつ、ぬけぬけと。
「お前……わざとか?」
「いいや、ぜんぜん」
・ ・ ・
ペンギンの言った通り、担任は明日席替えをすることを高らかに宣言した。
今までは隣の席のクラスメート、というポジションだったのが、明日からはただのクラスメートとなってしまう。しかも、泣く子を黙らせてしまうことに定評のあるクラスメートだ。最悪だろ、これ。
言うならもう今しかないだろ、と分かっている。
「シズカー? 帰ろう」
「うん、いまいくー」
シズカは鞄に教科書を詰め、席を立ち上がった。
「また明日ね、トラファルガーくん」
「っ……あ、ああ……」
「そういえば、トラファルガーくんの隣の席って、今日が最後だったんだ。ちょっと寂しいね」
「……そう、か」
「私、あなたのことちょっと怖い人だと思ってたんだけど。ほら、変な異名もあるし」
言葉を切って、花のような笑顔をシズカが零す。
「でも、私が教科書忘れたときは見せてくれたし、……本当は優しい人だって知れて良かった! だから、席が離れても何か話しかけてくれたら嬉しい。
……じゃあ、友達が待ってるから」
なんてこった。
「ロー、やるじゃないか。何を話したんだ?」
「……優しいクラスメート、か……フッ、上等じゃねェか」
「優しいクラスメート?」
・ ・ ・
翌日、予定通り席替えのくじ引きが行われた。
シズカにとって、席が隣のクラスメートではなくなってしまうわけだが、あいつの中のおれのイメージは、どうやらこの数ヶ月で変わったらしい。
いずれにせよ、今日の昼休み、おれはシズカを中庭に呼ぶつもりだ。
ざわつく教室の中、くじを手に持ったペンギンがこちらへ来た。
「ロー。何番だった?」
「6だ。お前は?」
「へぇ、良い席だな。おれは17だった」
ギギギと床を震わせながら、机を移動させる。窓際一番後ろ。我ながらくじ運の良さに、思わず口笛を吹く。机から椅子を下ろしたところで、目が合った。
ぱちくり、と。
真横にある、驚いたシズカの顔。
「……トラファルガーくん。何番?」
「6番だ。お前は」
「12番、なんだけど」
黒板に書かれている、36個の四角は、6と12が隣同士に並んでいる。
しばらくの沈黙の後、シズカが柔らかく笑った。
「また隣だなんてびっくり! 運命感じちゃうね」
「……そうだな」
「これからも、宜しくね。お世話になります」
おれの、惚れた、笑顔だ。
「……シズカ、」
「ん?」
「お前のこと、……す、…す、……好き、なんだけど」
( 1/36 )( 『Hallo HElaw!』様へ! 有難う御座いました! )