インペルダウンは、天国だ。
この世のあらゆる混沌とした悪が裁かれるのを、見られるから。不平等ばかりの世の中で、ただここだけは悪を裁く正義がいる。
「マゼラン署長、シズカです。ホットミルクをお持ちしました」
「あぁ、入って良いぞ」
「失礼します」
片手にマグカップを持ち、もう片方の手で扉を開けると、机に肘を突くマゼラン署長が見えた。左手にあるのは政府から送られてきた書類だろう、きっと、新しくここに入る海賊のことだとか、そういうの。署長にじっと見つめられている書類に嫉妬しそうな自分がいる。ばかみたいだけど。
「どうぞ」
それくらい、好きだ。
「悪いな」
「いえ……あの、」
「ん? なんだ?」
止める暇もなく、署長がホットミルクを飲む。途端に顔を歪めたのが分かった。
「おいシズカ、毒が入ってないじゃないか」
「……はい」
「作り直せ。こんなものは飲まん」
言われるだろうと思ったことだった。
でも引き下がれない。
「しかし署長、署長がホットミルクをこの時間に頼まれたのは……その、お腹を下さないように冷たい飲み物は避けてらっしゃるんですよね。でしたら、その、毒を入れたら意味がないのではないかと…」
署長は毒人間だから、毒が好きなのは分かる。でも、結局その毒のせいでいつもお腹を下していて、トイレと仲良しだ。
くちごたえが気に触れたのか、署長がこちらを睨んだ。
「飲まん、と言っている。早く命令に従え」
「…しかし」
いくら毒人間だからと言って、
好きな人が飲むものに、毒など入れられようか?
「いえ、入れられません」
「……もういい、誰か別の 「署長!」
わたしは手を机に叩きつけた。
急にバン、とかなり強い音がしたことで、署長が少し驚いたようにこちらを見る。
「わたしは、署長のためを思って、そうしたんです!
だから、やめてください! 普通にホットミルクを飲んでください!!!」
「わ、分かった」
「……お分かり頂けて嬉しいです」
それからは沈黙が続いてしまった。
私がこの空気を作り出したのだから、罪悪感すら感じる。署長の方をチラリと見ると、真剣に仕事を続けているのが見え、且つ、目が合った。
同時に、そういえば私は署長にホットミルクを頼まれただけに過ぎないのだから、早くこの部屋から出れば良かったのだと、むしろ出るべきだと気づいた。
きっと言ったもの勝ちだ。
さっきから沈黙に、二人きりということを意識させられて、心臓がうるさいのだ。
「また、御用があったらお申し付けください。では……えっと、その、失礼します」
「…あぁ、待て」
「なんでしょう」
ばくばくと。うるさい。
「…もう一杯入れてくれ」
( 20110623 )