「おーい、体調は大丈夫か」
日常は些細な切欠で崩れると、誰かが言っていたが、全くその通りだった。いつものとおり、あの迎えてくれる声は無く、あの子の両親と、そして主治医である青年と。俺は間に合わなかったのか。
ベッドの中の静かな少女は、まるで眠っているようだった。
音も無く温いものが頬を伝ったのが分かった。年甲斐もない。ただ、この少女はそれほどまでに自分の中で大きな存在だったのだ。もう名前を呼んでくれはしない。手を繋いで冷たい中庭を歩くこともない。転びそうな身体を見張ることも無い。
「悪い…悪いなぁ、譲ちゃん。雪は間に合わなかった。約束、破っちまったなぁ……」
突然のことだったらしい。ただ、余命は一年と、宣告をされていたそうだ。それを、あの子は気丈に振舞って、俺に涙を見せず、今日を迎えたと。
シズカの父親が、数日後に渡してきたのは手紙だった。
「あの子は貴方に出会えて、本当によく笑うようになりました。貴方がいてくださって、あの子は幸せだったはずです。本当に有難う御座いました」泣き腫らしたような眼でそれを渡され、俺はなにも言えずにいた。結局出来なかったからだ。雪を降らすという約束が。
丁寧に畳まれたそれを、開いた。
・ ・ ・
「もう、三年もかかっちまったけどな」
"遊ぶな"とは言われたが、"使うな"とアポロは言わなかった。変わった形をしたそれを取り出す。
液体が入っているそれの、スイッチを押せば、
白い雪が、口から生まれ、墓石を濡らした。
「ほら、譲ちゃん。これが雪だ。届いてるか?」
何度も、何度もスイッチを押した。一生溶けなければ良いと思った。俺の脚にも積もっていく雪を見てそれを踏みつけた。足跡が残る。一人分だけというのが、やけに悲しかった。どんどん、降り積もっていく雪が、墓石を白く囲って、それでもまだスイッチを押し続けた。やがて俺は振り返らずに歩いていく。
( スノースマイル / BUMP OF CHICKEN )