その少女(こ)が会館に足を踏み入れると、ざわめきがおこった。僕と同じ、制服。しなやかな白い足は、歩みを止めることなく進む。なにも付けられていない制鞄には、使われた跡が殆ど見当たらなかった。


「……島田さん、あのひとは、」
「っと、桐山、悪い。すぐ戻る」

壁に寄りかかって雑談をしていた島田さんは慌てた様子でその子の下へと走った。知り合い、なんだろうか。


「シズカ、」
「…開さん! お久しぶりです」

少女の顔がパッと明るくなる。


あ、可愛い。

素直にそう思った。彼女が笑うたびに柔らかそうな黒髪から甘い香りが漂う。あかりさんや、ヒナちゃんとはまた違った、誰が見ても魅力的だと感じるような容姿だった。

島田さんとその子は親しげに会話を続けている。と、急にかくん、と膝が折れた。こんなことする人は一人しかいない。

「よ、桐山。シズカさんに熱い視線送っちゃって、おまえさんも面食いだな」
「シズカ、さん?」
「あり、知らない? 宗谷名人の娘さん」「えっ!?」

スミス先輩の言葉に耳を疑う。
宗谷名人に、娘?

「宗谷名人って……結婚してたんですか…?」

缶コーヒーを吹き出された。ばかにされた気がして少し嫌だ。口元に押さえきれていない笑いを隠しながら、『シズカさん』とやらを説明してくれた。


シズカさんは宗谷名人の本当の娘じゃなく、遠縁の子らしい。なんで宗谷名人が預かってるかってそんなんは知らないが、割と昔から将棋会館(ここ)には来てたらしい。だから宗谷名人と同年代の島田さんとか後藤とかは、ご覧の通り付き合いがあるわけで、実際俺は一回も話したことがない!


『らしい』がやたら多く誇らしげに終わったその説明で、彼女がここに入ったときのざわめきの理由が分かった。皆、スミス先輩と同じように彼女が何者なのかは知っている。知っているが故に簡単に話しかけられないのだ。人目を引く容姿も相俟って、島田さんがいなければ彼女はここで嫌な思いをしたかもしれないな、と思った。

彼女と話していた島田さんと目が合う。シズカさんと一緒に、こっちに来る。え、なんだこれ。


「桐山、悪かったな。ついでだから紹介させてくれ。シズカだ。シズカ、桐山のことは知ってるだろ?」

間近に来ると、更に容姿が際立つ。なんというか、暖かい。宗谷名人とは真逆の、ぽかぽかとした日差しのような人だ。
シズカさんと目が合う。はにかんだ。

「初めまして。宗谷シズカです。桐山五段のことは、存じています。5人目の、中学生プロ。兄さんと、一緒の」

す、とシズカさんが小さな手を差し出してきた。機械的に僕はそれを握る。"兄さん"という言葉は一瞬引っかかったがすぐに消えた。彼女の手は暖かい。


( 春みたい、だ )


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