「雪は降りましたか?」

「いいや」と、返すと口を尖らせた。
「だってザクザク言ってますよ」「違う、お前の踏んでいるものはだな…」「冗談です、これは落ち葉でしょ」

 「それくらい分かりますよ」シズカは笑いながら俺の手を離し、落ち葉の感触を確かめるようにそれを蹴った。「おい、転ぶぞ」慌てて出てしまった言葉に、まるで自分は母親のようじゃないか、我ながら思ってしまった。そして残念なことに案の定するりと足を滑らせたシズカの身体を慌てて支える。

「それ見たことか」
「でもラムダさんが支えてくれるから大丈夫ですよ」
「お前な…俺に絶大な信頼を寄せてくれるのは嬉しいが、もし俺がいなかったらどうすんだ」
「ラムダさんが居ないときって?」
「あー…だから、例えばだな」

 俺がお前さんをほっぽってどっか行っちゃったりとか、ってそんなん酷すぎる大人だろ。言いかけて考え直して、結局詰まってしまったのでシズカはケラケラ笑った。「ね、ラムダさんはいつもいるでしょ」大人の立場を疑う。10も20も下の少女に言いくるめられてどうする。

 いつも通り、病院の中庭をくるりと一周して、名残惜しそうなシズカを車椅子に乗せる。

 本当は、この散歩だって車椅子にずっと乗せられていた、とシズカは前に話した。それをどうにかお願いして、人と手を繋いでなら、と許可を押し切ったらしい。
ただ、どの看護婦さんも危ないからと歩かせてくれなかった(本当は自分になにかの責任が圧し掛かる可能性を避けたかった大人たちばかりだったということをシズカは知っている)ところへ、俺が登場し、こうして足でも何かを感じ取れるようになった、と。


 そういえばあの頃は、車椅子を押していたな、と感触を思い出した。指が悴む外でポケットに手を突っ込んでいては車椅子が押せないから、わざわざ手袋をコガネデパートに買いに行ったら、彼女は病室のベッドで既に編んでいてくれたんだった。

 以前のまま器用な指で編まれたそれは、暖かく、とても嬉しいものだった。
 あれは、今でも俺の手にはまるのだろうか。

 ぼーっと考えていると、下からは彼女とは全く違うあどけない声が飛んでくる。


「ラムダさん、早く押してくださいよ、どうしたの?」
「ああ、悪いな譲ちゃん」
「珍しいなぁ、ラムダさんが考え事なんて」




 やがて、少女の広い個室へと到着すると、既にそこにはシズカの主治医である青年が待っていた。

「今日もお疲れ様です」青年はにこにこと笑いかけ、シズカをベッドへ戻すのを手伝った。

「お前こそお疲れさん。どうだ、調子は」
「シズカちゃんの調子は良好、って貴方が知ってるでしょう?」
「いやいや、お前さんの調子だよ。忙しいだろ、この時期は風邪も流行るし」
「そうですね、はは、手洗いうがいの予防も呼びかけてるんですが…中々ね。でも大丈夫ですよ、寝られますし」
「そうか、でも気ぃつけろよ、医者が風邪引いたら元も子もない。
…じゃあ譲ちゃん、明日は悪いが大事な仕事があるんでな」
「あれ、昼休みまでお仕事ですか? ちゃんと食事を取らないと駄目ですよ」
「ま、俺の個人的なヤツだからな。心配しなくても飯はちゃんと食うぞ。
譲ちゃん、また明後日にな。ちゃんと安静にしてるんだぞ」
「はいはーい」



 病院内の白い廊下は、懐かしく、感傷にひたりそうだった。

「ラムダ先生、お久しぶりです」声をかけてきた顔見知りに軽く挨拶を返し、いつもの通り昼休み真っ只中の会社へ戻る。

 アテナがいつもの場所で昼食をとっていた。

「お帰りなさいラムダ、あの子は元気?」
「ああ、それよりアテナ、昼食はそれだけか。身体に良くねぇぞ」
「あら、あたくしは少食なのよ。そういうなら貴方のを少し分けて頂戴」

 楽しみにしていたエビフライをひょいと取られて俺は大きな声を上げた。

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