水色の中で立ち上る泡。清涼なそれが喉を通って行くのが好きだ。開いた瞬間にもがいた時の、音とか、手に残る冷たいビンの感触とか。600円が瞬く間に消えていっても当然の代価というわけだ。

 財布はまだずっしりと重かったので、安心して二本目、三本目をリュックへと詰めた。傍らに浮いたフワライドがちょんちょんと肩をつついて来たけれど、
「アンタは飲んだらますます浮いちゃうでしょ」
冗談めかしながらチャックを上にあげた。


 憎たらしいほど快晴な空は、炎タイプに美味しい状況を思い出させる。勿論、草タイプなんかにも。そういえばうちにはあまり炎タイプに体制がないな、と思いついたけれど特にメンバーを変える気にはならなかったので(勿論)取り出しかけたメモを戻した。

 ただ___あの、リザードンは本当に強くて。
 嫌な思い出だけれど、あれからヨノワールには"かみなりパンチ"を覚えさせた。


「大丈夫だよ、解雇なんてしない」

 擦り寄ってくるフワライドをそっと撫でながら、無機質なものに心を寄せた。
 生身のない彼らが、どうしてこんなにも暖かいのだろう?
 それは寧ろ、生身のある他の人間たちよりも。
 生きているものよりも。

 私なんかよりも、ずっと。


「ねぇライド。ここからどこへ行こうか」
「私たちだったら何処へでも行けるよ」
「兄さんのところ、に、も」

 彼は悲しかった。図らずとも自分の主人が変わってしまったことに。自分たちを信じてくれるなんて。寧ろ自分たちしか信じていないなんて。そんな悲しいことはない。だって主人は人間なのだ。自分たちは"ゴースト"で。ある意味人と馴れ合う種の存在ではないのに。


「貴方と同じところに、行きたいよ」


 変わったのは何故だろう。強く風が吹き抜ける。



 シズカは背負っていたリュックをコンクリートの地面へと下ろした。肩に乗っていた目に見えないものも、全て降りていく気がした。ついでに腰にセットされた5つのモンスターボールへ、今まで数々の戦いを経験し、共に育ってきた仲間を戻した。彼らは何処と無く不安そうにかたかたと揺れている。安心させるようにそっと笑う。大丈夫。

 私も今から、みんなと一緒になれるから。

 丁寧に靴まで脱ぎ、シズカは屋上のフェンスの外へと出た。

 私がゴーストタイプというポケモンを愛したのは、彼らの暖かさが不思議だったからだ。
 陽の光に嬉しそうに目を細めていたからだ。


「ライド、助けないでね」
「大丈夫、私は絶対みんなを見捨てたりなんてしない」
「絶対会いに来るから」

 彼女のポケモンたちは悲しかった。助けることすらも許されない自分たちを。ただ、彼女の願望を知っているからこそ甘んじて受け入れた。それでも身体は今すぐにでも彼女を救ってしまいそうに揺らめく。自分たちが愛した主人の死をどうして見届けなければならない。とりわけ、彼女に命を救われた相棒のフワライドは、釘を刺されるほどに彼女の傍へ寄っていた。

「そんな顔、しないで。私を困らせんな。もう、兄さんに会いに逝かせてよ。ライド」


 ばいばい、また今度。
 フワライドもまた、赤い光の中へ吸い込まれる。


   
『シズカ、もう一度会いに行くから』



 嘘吐きな、兄さん。

 結局戻っては来なかった。

 だから 私から会いに行ってやる。




 強い風を、感じた刹那、





「…なに、馬鹿なこと言ってんだお前は」
「レッドは…死んでねぇよ、生きてる」
「簡単に、死のうとすんな、バカヤロウ」


 気づけば、シズカは暖かな羽毛の中に包まれていた。
 クールな表情を崩した珍しい姿。
 ずっと 兄さんを追い越そうとした人。

 ______どうして泣きそうな顔をしているの? 私には分からない、ただ、一つ、"兄さんは生きている"だなんて、そんな夢みたいなこと。信じて良いの。


 グリーンのピジョットは元の位置へとシズカを下ろした。揃えられた靴、リュック。ずっと揺れている6つのモンスターボール。同じく相棒の背から飛び降りたグリーンはくしゃくしゃとシズカの髪を撫ぜた。


「お前まで、俺の前から、いなくなるな」


 なんて悲しい声音と、そして私はもう死ぬ理由が無くなってしまったと、唐突に理解して、それからやっぱりサイコソーダを飲もうかとリュックに手を伸ばした。



5.16( 0530移転 )

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