宗谷さんは、良くも悪くも、無口な人だ。これは棋士の中でも多くいるタイプで、きっと彼らは、舌を回すことよりも頭を回す方が得意、むしろ武器としているからだと思う。口に出す手前、頭の中で処理をするのだろう。だから口数も少ない。

 宗谷さんの隣を頂いてから、3年が経つ。3年前、宗谷さんは黙って私の左手の薬指に銀のリングを嵌めて、子供みたいな目をこちらに向けてきた。
 以来、私は東京から京都、銀閣寺の側の家へ、引っ越すこととなる。出張は度々と言えど、それ以外は四六時中家で将棋と向き合っている宗谷さんと、同じ屋根の下で一緒に居られることはこの上ない幸福だった。


 だから、それ以上を望むことはあまりないのだけれど。

 お昼時にぼうっと見ていたドラマの再放送には、それはそれは幸せそうに、旦那さんに愛を囁かれる奥さんの姿があって。
 それを見て、少しだけ__羨ましい、と感じたのだ。そう、少しだけ。宗谷さんがここまで饒舌になったら私だって戸惑うと思うし。ただ、宗谷さんとの会話が少なくなると、私は本当に愛されているんだろうかとか。
 この銀のリングが、いつか消えてしまったりしないだろうかとか。
 余計な不安に苛まわれる。

 宗谷さんの中で、私<将棋なのは分かりきっているから、本当にそれは、愚問なんだけれど。




・ ・ ・




「シズカ」
「__は、はい!」


 夕飯は一緒に食べるようにしていて、私は唯一宗谷さんが将棋じゃなく私と一緒にいてくれる時間とあって、大切にしていた。
 だけど今日は昼間のこともあってぼうっとしていたらしい。
 表情は変わらないけれど、宗谷さんの視線は訝しげだ。


「……珍しいね」
「え、何がですか?」


 黙々と白米を口に運びながら、間をとって、宗谷さんが呟く。


「…上の空だ。何かあった?」
「いえ、特になにも、」
「……」


 反射的に答えても、無言の圧力がかかる。雰囲気に背を押され、躊躇いながらも私は口を開く。宗谷さんは珍しく、私の目を見て話に聞き入ってくれているみたいだった。


「あの……お昼時に、ドラマがやっていて、その、……ええと、そこの夫婦の仲が良くて、旦那さんが素敵な人で、奥さんに……『愛してる』って、何度も言ってて、」


 なんて恥ずかしいんだろう。
 顔が火照っていくのを感じる。

 宗谷さんの方をみられない。


「……シズカ、顔上げて」


 宗谷さんのはっきりとした声。
 余計、私の体温が上がる。それでも恥ずかしくて、私はそれに従えない。





「……愛してる」
「………………へ、」

「愛してる、シズカ」


 びっくりして何もかも忘れて顔を上げると、机を挟んで向かい合って居たはずが、なぜか近い宗谷さんの顔。
 華奢な腕が私の身体に回される。冷たい、宗谷さんの体温。


 キスをされる。
 机に何かが置かれた音_きっと宗谷さんの眼鏡だ_がして、とさり、背中が床と対面。目の前には天井、そして情欲が潜む宗谷さんの瞳。

 首筋にチクりと甘い痛みが走って。
 暗転。




( 君が可愛すぎるから )
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