参ったな、と思った。あの家に預けてから10年、その間にこうまでも、と。シャッキーが煙草をふかしながら妖艶に笑う。それはもう、この子を今までと同じ目で見られるの?と問い詰められているようだった。
「シズカから話は聞いているのよ」
「ああ、そうだろうと思っていた」
「あなたがいなかった間、シズカは三度この店を訪れたの。分かる? そのたびにあなたがいないと知って落胆する姿を見るのは私だって辛かったの」
「ああ……」
こちらを見つめるそれは、明らかに笑いを堪えてるもので。
「10年よ。10年。さっきのあなたの顔、傑作だったわ」
言われなくとも分かっている。
育て方が良かったのか、はたまた元々の素質か。小さな少女だったシズカは、蛇姫にもひけをとらないであろう美女に育っていた。
『レイリー、さん』
『わたし、ずっと待っていました。レイリーさんの言葉を繰り返して、ずっと。大人になれば、レイリーさんは私を一人の女性として見てくれるっていう約束。忘れてはいませんよね』
忘れはしない、幼い頃シズカが言った、あの言葉も。
"おおきくなったら、レイリーがだんなさんになってくれる?"
「シズカ、泣いていたわね。……どうするの?」
「どうするも何も…」
「あらぁ、若い娘さんは大好きじゃないの」
「こんな老いぼれに、シズカは入れ込むべきじゃない。そうだろう?
しかし……男の一人や二人いるだろうと踏んでいたが……」
まさか待ち続けていたなんて。
「冥王の妻だなんてシズカは大変ね」
「笑わせるでない、シャッキー」
「娘、としか思えないのかしら? それでもまぁ、冥王の娘だなんてスキャンダラスだこと」
「………」
何も言わず出されたグラスを煽る。
・ ・ ・
「シズカ、怒らないから出てきなさい。ついでだ、お前さんも酒を呑めるようになっただろう、一緒に飲もう」
先ほど部屋に戻って寝ていたシズカが、おずおずとその姿を表す。その若さがやはり私には、眩しい。
「隣に、座っても?」
「勿論」
白いネグリジェの裾をふわりと浮かしながら、隣に腰掛ける。じっと見つめられる。ああ本当に……いい女になったものだ。
「レイリーさん……あのね……私の気持ちはなにも変わってないの。色んな男の人に会ったけど、レイリーさん以上の人なんていない」
シズカの真白な告白に、シャッキーがふ、と笑いを漏らす。
「…シズカは、若き奥越えのルーキーたちふっといて、あなたを待ってたらしいのよ、レイさん」
「ルーキーたち…?」
「ええ、モンキーちゃん含め……いつの時代も美しいものは人を離さない」
「シズカ…断ったのか…?」
海賊は、"欲しいものは力付くで奪う"ものたちだ。誘いを断ることなど。しかもシャッキーの物言い、シズカ一人のときだったような言い方ではないか。
「レイリーさん以外は考えられないんです、だから」
静かだが、意志を持った声だった。
「シズカ……お前さん、こんな老いぼれについてどうするつもりだね。良いかい、お前さんのような若者はね、新しい世代の中で生きていくべきだ」
それを咎めるような物言いになってしまったと、言ってから気付く。
シャッキーは静かに溜め息を吐き、シズカは…シズカは、
頬に涙を伝わせた。
「まだ……まだ駄目なんですね。わたしはまだ、貴方に女性として見られない。それでもあなたが好きです。恩人としても、一人の男の方としても。10年、あなたを待っていました」
小さく震わせる細い肩を、どうして突き放せようか。抱き寄せるしかない、と本能的な衝動に身を任せれば、潤んだ瞳で見上げられる。
「レイリー、さん」
「まったく……仕方のない子だ」
より強く力を込めると、今までが嘘だったように、涙が止まる。
「…こうなったからには、一生、私が死ぬまで離してやれないが、良いのかね?」
小さく、返事が聞こえた。身体全てが心臓になってしまったかのように、大きく生きている音が聞こえた。シャッキーは店の奥へと、気を利かせてくれたようだ。端から見れば親子、いやそれ以上に見える私たちは、無音をBGMに、お互いを確かめるようにずっと寄り添っていた。