「何故、俺の命令に従わなかった」
地面も凍らせるような冷たい声だった。
ここに来てから一ヶ月が経ち、初めての壁外調査。リヴァイ兵長の班に入った私は、訓練通り先陣で巨人を切り裂いていった。どんどんと先に飛び回っていく兵長を追いかけて。でも誰もがそんなことを出来るわけじゃなくて、負傷をし、地に落ちるものもいる__兵長は、そういう者に対しても気を向け、余裕のあるものに介抱を命ずる。私も命ぜられた。けれどそれに背いた。私の目線の先には、左に二体とたった一人で闘う同期の兵士がいた、から。同期だから助けた? ううん、だってもう助からないって思ったんだもの__その、負傷した兵士は。助かったとしても足手まといになるだけだ…それならいっそ、見殺しにした方がましなんじゃないかって、私は自分で結論を出したのだ。
命令を無視して飛んでいった私に、兵長は心底怒りを覚えたらしい。
「何故、俺の命令に従わなかったのか、と聞いている。返事をしろクズ」
たった一人で呼び出された先は兵長室。こちらを見向きもしない兵長の声は氷点下。
リヴァイ兵長のブーツが、私のわき腹に噛み付いた。爆発音のようなものが私の耳元で鳴る。一発じゃない、本能的に身体を丸めたところに、人類最強の兵士の脚が続けざまに弾丸のように穿たれる。身体からミシミシと嫌な音がする。
仰向けにされて、ぐり、と、肺の辺りを踏まれた。
「っ…ふうっ、……つ、うあ…っ、」
「上官の質問に答えられないのか? あ?」
最早そこに、憧れの念なんてない。大嫌いな上官。いつまでコイツの下に就かなきゃいけないの。合理的に闘うことの何が悪い。
むかついて、脚を振り上げた。クリーンヒット。押さえがなくなって、私は素早く反転。持ち直し。
「っ、ぐ!」
「質問にお答えします。これは私の考えに過ぎませんが、兵長のご命令どおりあの彼を介抱しにいっていた場合、我が調査兵団の犠牲は増えていたと思われます」
「なぜなら彼は最早助からない容体でしたし、万が一助かったとしても、壁外調査任務において彼は務めを果たせたのでしょうか。それならば二体を相手にしていた兵士を援護すべきだと考えました」
『戦場において最も危険な行為は、感情に突き動かされることだ』
『感情を捨てろ。兵器になれ。諸君らは人類のために消費される兵器にしか過ぎないのだから』
聞くたびに顔をしかめた、呪文のようなあの言葉が、今なら分かる。感情を味方につけることは強さへと繋がる。笑う暇が、泣く暇があれば次の敵へ標的を絞れ。一瞬たりとも気を抜くな。私たちは兵器にしか過ぎないのだ。
「……もう良い。部屋に戻れ。消灯だ」
形だけの敬礼を返す。
結局この部屋に入ってから、リヴァイ兵長は私の方を一度たりとも見なかった。
( 20100423 )