「柳センパイの瞳を見ちゃったら石になるんッスよ〜」
 と赤也が呟いた。お昼の時間のことだ。

 卵焼き(今日は少し甘すぎたな…)をつつきながら私はうんうん、とそれを聞き流し、赤也のでっかいお弁当の中身(狙いはアスパラのベーコン巻きだ)を箸で奪い取る構え。お弁当とは別にパンを買って、今まさにそれを頬張っている赤也はスキが満載だ。今だ。えい。


「いただきっ」
 大成功だ。

「っんあ! 俺のアスパラが!」
「ふぇっふぇっふぇ、ふぇーふぇっふぇっふぇ! 立海のレギュラーたるものいついかなるときも油断してはならぬのだ!」
「微妙に真田フクブチョーの真似すんのやめてください…」
「アスパラはいただいた!」
「…あー、もういいッスよ。先輩が食べてください」
「イェーイ、うまー」

 諦めと、呆れとを交えた赤也の声を背景に戦利品であるアスパラのベーコン巻きを頬張る。切原さん家のおかずはまったく美味い。

「それで、赤也」
「なんッスか?」
「どーして柳の眼を見ると石になるの? いつも見てるじゃん」


 そういうと、赤也はまるで内緒話をするように声を潜める。

「じゃなくって、瞳のことッス。柳センパイはいっつも眼閉じてるっしょ? それが、瞳と眼が合っちゃったら石になっちゃうんス!」
「うん? とっぴょーしもないけど面白い話だねぇ。柳は知ってるのかな」
「そりゃ、立海のデータマンなんだから当然知ってるに決まってるッスよ」

 にかりと笑った赤也はパンに噛み付き、(端からジャムが零れそうだ)(…零れた)制服のズボンに零れたジャムにも気づかず炭酸を飲んでいる。

 私は思考を思い巡らした。

「ああ、メデューサかぁ」
 そして浮かんだのは、ヘビの髪を持つ魔物。

「メデューサがどうかしたんッスか?」
「いや…眼を合わせたら石になるってメデューサじゃん?」
「ああ、確かにそうッスね」
「柳とメデューサって感じ合わないなぁ」
「そもそも柳センパイからは洋のふいんき感じませんもんね」
「赤也、ふいんきじゃなくて雰囲気…」
「マジっすか!?」
「あー、ほんとあほの子だ…」




***



「シズカ」
 屋上の戸を開けて、柳が入ってきた。少し小さめの扉は窮屈そうだ。

「ここにいたのか」
「うん、私いつも赤也とご飯食べてるから」
「柳センパイ、ちわッス!」

 赤也の挨拶に笑みを返し、柳は私の隣へ腰掛けた。

「どうして俺に言わなかった?」
「お昼のこと?」
「ああ、一緒に食べようと思って探したんだが」
「柳陽の下はヤでしょ?」
「そんな吸血鬼みたいな言い方をするな」
「確かに、柳センパイめっちゃ白いッスよね。いっつも長袖だし。暑くないんすか?」
「ああ…そうだな、あまり焼けたくないんだ」

 それから柳は、唐突に赤也を追い払う仕草をした。

「赤也。ちょっと向こうを向いていろ」
「なんスか、急に」
「良いから。早くしろ」

 ぶつぶつ言いながら赤也は向こう側に身体ごと向けた。

「なーに、柳。私も?」
「いや。お前はいい」


 うだる暑さのせいか。はたまた嫉妬心だったのか。それとも気まぐれか。普段冷静な分あまりどれも当てはまらないような気がするけど。それが彼の愛情表現なのかなぁ。どっちにしろ急に唇を重ねられて、おまけに舌まで入ってきたら誰だって驚いてしまうもんだ。


「…、はぁ。どしたの、急に」
「いや、したくなっただけだ」
「そっか…ん。おや。あるぇ。赤也が固まっている」
「まぁ、赤也曰く俺は立海のメデューサらしいからな」
「あらぁ…さっきの話聞いてたの」
「以前精市にも同じことを話していたぞ」
「赤也が考えたのかな。噂の真相を身をもって証明したね。赤也らしからぬ行為だなぁ、うん」
「いや全くだ」


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -