「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」

 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、彼の手にあるぬいぐるみはどんどん潰されてゆく。目玉が飛び出て、綿がひょっこり顔を出し、嗚呼もし此れが人間であるならば、目玉が刳り貫かれ、内臓が飛び出た、いかにも悲惨な様子になるのだろう、と考えた。

 盲目的に兄を愛する彼の姿は、幼い頃から寸分も変わっておらず、そして鋏を握ることも、変わってはいない。ボロボロになったクマのぬいぐるみを投げ捨て、彼はフウ、と溜息を一つ漏らした。ついでに鋏も、床に投げ捨てられた。
 私の方にくるりと顔を向け、そしてニコリと笑う。

「なにを、見てる、の? ふふ…そんなところにいないでさぁ、早、く…早く兄さんを連れてきてよ…ねぇ、

ボサっと突っ立ってないで早く連れて来てよ!!!」


 笑顔は早速にも崩れ、そして顔は真っ赤になっていた。自分の思い通りにならないとき、彼の目は憎悪が湧き上がる。そしてそのサマは、皮肉にも彼の兄によく似ている。

 私は何も動かなかった。彼も分かっているはずだった。ナイトレイ家の人間がギルバート様を呼び戻せるはずはない。ナイトレイの家に住まうこともないギルバート様が、家に愛着を持っているかいないかだなんてすぐにでも分かること。仮に、ギルバート様にお会いできたとしても追い返されるのが関の山。

 苛々が更に募ったのか。ヴィンセント様は私の前に歩いてくると、強く首を絞めた。小柄な私の身体はふわりと持ち上がった。尚、首にかけられた力は強くなった。


「あ、ハハ、いいザマだね…シズカ…このまま、死んじゃうかな…ねぇ。首をずっと絞めてれば、死んじゃうよね」
「ヴィ、ンセント、様、」
「僕は鋏が好きだから、鋏で切り刻むのも良いなぁ。きっとキレーな…赤が、見れるね」


 私は殺される、と悟った。
 目の前にいる笑ったオッドアイに、殺されるのだと。

 呼吸が止まる、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、くる、しい、

 実は私はヴィンセント様を愛していた。
 だからこそヴィンセント様のメイドになったのだし、今までに沢山のメイドがぐちゃぐちゃの姿になって運ばれたのは知っていた。それでも良かった。ヴィンセント様に殺されるのであれば幸せなのだと思っていた。

 けれど。


 死ぬ寸前にやっぱり思った。愛する人には愛を伝えてから死ぬべきなのだと。関係上言えなかったことを、最期のときくらい言えばよかった。私の一生の後悔となりうるだろう。

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