「人の携帯踏み潰して楽しい?」
臨也は唐突にラブレターを渡されたときみたいに目を丸くさせた。でもそれは一瞬で怪しい不適な笑みに変わる。捕食者の男。
「見てたの?」
「…情報の元は教えない」
「うーん、」
しばらくと臨也の口の動きが止まった。なにか来ると思ったのに。こんな風に会話が詰まるときに無意味に名前を呼ぶことが好きだと、最近気づいた。詰まるからこそ呼ぶのであって、会話をなんとなく続けられる点では無意味じゃないのかもしれないけど。
「折原臨也」
「なに?」
「呼んだだけよ」
「ご機嫌なの?」
「なにがどうしてそうなるの、」
「じゃあ不機嫌?」
「そうでもないけど」
なにかポツリと呟いたのが聞こえた。"ほんと、人間って、" それしか聞き取れない。その後は分からない。改めて臨也が切り出した。さっきの詰まった時間を取り戻すように早口で。
「だって、さっき怒ってる感じだったでしょ? 俺びっくりしたよ。シズカちゃんああいう風には怒らないからさ」
「別に怒ったわけじゃないけど…でも私の普段の怒り方ってどんなかな?」
「"いい加減にしてよ!"って。ヒステリィに」
「そんな女の子みたいな怒り方するかなぁ」
「女の子、でしょ」
「可愛い、女の子」
本当に残念なイケメンだなぁ、この人は。どうせ私個人なんて見てくれてないだろうにさ。人間を愛してる、でも人は嫌い。だから人の携帯も簡単に踏み潰せる。
臨也は、自分のことをどう思ってるんだろう? やっぱり他の人と同じく、境界線なく、人間として好きなの?
サラサラした黒髪がすぐ触れる距離にあるのに心臓がどくりともしない理由はこれだ。
「"人間"が抜けてるよ、臨也。可愛い"人間"の女の子でしょ」
「…シズカちゃんの考えてること当ててあげようか。
私を個人として見て欲しい。好きになってほしい、愛して欲しい。折原臨也に愛されたい。どう?」
「…興ざめ、最低。最も低俗」
「えー、あたってると思ったんだけどなぁ」
「当たってたとして、折原臨也はどうするんですかー?」
「愛してあげようか」
「そんな愛いらない」
「ひねくれものだなぁ、シズカちゃんは」
「臨也に言われたくない」
またポツリと呟いたのが聞こえた。「ほんとに愛してるのに、」
聞きたくもない、聞きたくもないわ、そんな戯言。