宗谷さんの手は冷たい。いつだって冷たい。いつだか彼を"寒そうな名前だ"と揶揄した少年(ひと)がいた。私もそう思う。宗谷さんの厳しさは冬なんてもんじゃないけど。けれどそれは彼の自分に対する厳しさであって、しかも彼の唯一無二である将棋のことに関してだけであって、ごく普通の人間的な暮らしにおいてはむしろだらしがないほうだ。

「宗谷さん、雨に濡れたあとそのまま歩くのやめてください!畳が濡れるんです、」

ほら、タオルを。

たっぷりの間の後に、彼はおもむろにコートを脱ぎ捨てる。雨を吸ったそれはびちゃり、畳をこれでもかとばかりに濡らす。

「ああ!」
「風呂」

短い単語。

「沸かしてあります。沸かしてありますから、とりあえず拭いてください宗谷さん、」

私より高い位置にある頭を、背伸びをしてタオルで撫で回す。少し乱暴な手つきになってしまうのはご愛嬌。宗谷さんはされるがままだった。将棋盤を見つめる目は誰よりも深いのに、こういうときだけ子供みたいだ。いや、風貌としては気持ち悪いくらいに昔から変わらないらしいんだけどね。島田さんはいつも苦い顔をする。

「シズカ、」
「はい?」

グイッ、


思い立ったように宗谷さんが私を引っ張る。向かう先は、浴室。


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