「うっわあああ!」

 少女がキラキラと目を輝かせるのを見て、ズミは悪い気はしなかった。料理人のズミにとって、キッチンはまさに城だった。それはかつて働いていたミアレシティのレストランであっても、我が家であっても、同じように大切な場所であって、自分以外が土足で踏み込むことを、ズミは許さなかった。どんなに親しい人であったとしても、調理器具はおろかグラス一つにも触れられたくない。しかし、このシズカという少女だけは、別だった。

「綺麗! すっごく綺麗! さすがズミさん!」
「もうすぐできますから……座って待っていなさい」
「えへへー、だっていい匂いがしてきちゃって」

 シズカは、無邪気に笑って、盛り付けをするズミの傍を離れようとしない。一年前、自分はこの幼さの残る少女にしてやられたのだ、と手元は寸分の狂いのないままズミは思い返す。ズミにはカロス地方を代表するポケモントレーナーの一員であるという自負があるが、手塩にかけて育て上げた屈強で美しい水ポケモンたちを彼女はいとも簡単に破ってみせた。そのあまりの美しい手腕に、ズミはいつも挑戦者にする質問を、彼女には問うことができなかった。聞かずとも、まざまざと見せつけられた気がしたのだ。ポケモン勝負は、芸術足りえる、と。

「邪魔です」
「あっ、やったー!」

 出来上がったプレートをテーブルに運ぶと、彼女は大人しく席に着いた。ズミもその向かいに座る。料理を作る側の人間であるズミは、あまり人と向かい合って食事をすることはなかった。食事をしている人を、厨房から少しだけ眺めることの方が多かった。更に言えば、空になったプレートさえあればそれで充分だと、料理人が表に出る必要はないという美学すら持っていた。

「いただきまーす!」
「はい、召し上がれ」
「んー! 美味しいー!」

 しかし、こうやって、自分の料理を喜んでくれる様を、正面で、近くで眺めることも悪くないのだと、


「ズミさんの料理、ほんとに私大好きです!」


 シズカに料理を振る舞うようになってから、ズミはそう思うようにも、なった。


「料理、だけですか」
「え?」
「……なんでもありません。あなた、口元にソースが付いていますよ」
「うそ! 恥ずかしい!」

 ズミはティッシュで、シズカの口元を拭ってやった。柔らかな笑みと共に、ありがとうございます、と返され、他に何か思うことはないのかとズミは少し落胆した。そもそも、この時間に、若い女が一人暮らしの男の家に来るというのは、よくよく考えれば普通に受け入れるべき状況じゃないのでは。意識した途端、ズミは体温が激しく上昇した気がして、顔を逸らした。

「ズミさん?」
「あ……いや、」
「なんか顔赤くないですか?」
「そんなことは、ありません」

 きょとん、とシズカが首を傾げる。ズミは何事もなかったようにグラスの水を飲み干した。一回りも年下の少女に、自分は先ほどまで何を考えていたんだ、とムニエルを口に運ぶ。繊細な味は満足のいく出来だった。店で出していたものと変わらない、この味を求めてかつて多くの人がミアレシティに詰め掛けたのだった。今では親しい人にしか出さなくなったこの料理を、シズカは独り占めしている。それがどんなに、特別な事であるのか、



「分かってるんですか、あなた……」
「へ? 何をですか?」

 もぐもぐと口を動かすシズカに、ズミはこっそりと溜息を吐いたのだった。





( 20140106 )
XYプレイ中急に画面にイケメンが出てきて驚いたのは私だけではないはず


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