『秋逆様

 貴殿の『藍』といふ小説は大変宜しゅうございます。 ユウモアに溢れ、知性を感じる美しい文体には貴殿のお人柄が表れているかと思はれます。
 いつかお会い出来ることを願って。

 京介』


 手紙を読み終えると、秋逆は満足げに口角を吊り上げ、微笑った。今朝、秋逆の元に届けられたこの手紙は住所がなく、身なりのいい男に手渡しをされたものだった。差出人は相良京介。そう、文学を嗜むものなら知らぬものはいない、あの稀代の文豪からの称賛の手紙であった。
 秋逆が小説を書いていることは、学内の友人たちの間でも有名な話であった。相良が読んだ『藍』は、秋逆が以前雑誌社に持ち込み、雑誌『赤裸裸』に掲載されたものだ。秋逆が通う大学の、とある人物をモデルにしたその小説は、確かに秋逆の中での最高傑作だったが、まさか相良京介からの手紙をもらえるとは、秋逆も思っても見なかった。
 簡易で質素、正式な手紙ではないことはもちろん秋逆には分かっている。しかし、『あの』相良京介からのものだ、ということが大切なのであって、その手紙がどうであれ、自分の小説が認められたことに間違いはない。
 滅多にない名誉に、帝立大学国文科首席、秋逆陽一郎は口角を吊り上げた。



 秋逆陽一郎。日本中の優秀な若者が集まる帝立でも、少し知られた存在だった。
 そもそも秋逆家は高貴な血筋の家柄で、その上歴代官僚を輩出する頭脳明晰な一族だった。三人兄弟の末に生まれた陽一郎も官僚になるべく幼い頃から様々な教育を叩き込まれ、無事二人の兄と同じく帝立に首席入学を果たした。その時には既に官僚として国の政に貢献していた兄の背中を追い、日夜勉強を続けていたのが一年のこと。二年に上がった陽一郎は、やがて世間に起き始めた文学青年の流れに飲まれることになる。

 文学青年。
 多くの小説を嗜み、仲間うちでそれらについて夜明けまで語り合う。時には自分で筆を執り、自分の世界を表現する。小説など空想の世界に過ぎないと必要最低限しか読んで来なかった陽一郎は、あっという間にその世界にのめりこむようになる。桐生貴章、諏訪秀治、夏見瑛石、そして相良京介……文豪が残した魂は、法学の本より何倍も彼の心を躍らせた。学部内の友人と会を作り、ひたすら文学にのめり込む。去年とは想像もつかないほど充実した日々を過ごす陽一郎は、やがて自分自身も創作に興味を持つようになった。嘗て、文豪たちがしたように、自分たちで同人誌を発行する。細々とした活動だったが陽一郎は満たされていた。
 しかしここで、彼は一度文学から手を引かなくてはならなくなった。二年の半ば、一年からずっと譲らなかった首席をとられてしまったのだ。親には秋逆家の恥だと怒鳴られ、兄からは冷たい視線を向けられる。可哀想なことに、幼少から『秋逆』に縛られ続けていた陽一郎は、家を出る勇気もなければ、兄や両親に反抗をすることなど、出来るわけがなかった。
 周りには本気で作家を志願し、文豪に弟子入りをするものもいた。だが、陽一郎はここで一度文学から離れ、再び勉強にのめりこみ始めた。おかげで二年の終わりには首席を取り戻すことは愚か、満点で上がることとなった。

 そして三年に上がった頃。秋逆を再びその道へと戻らせた、とある人物との出会いが訪れる。
 その人物こそが、相良の称賛を受けた『藍』のモデルであり、
 その年帝立大学に首席入学を果たした、庄野紫樹だった。



勢いと妄想だけ……時代背景なんぞ知らん。多分続く。

設定メモ
・秋逆陽一郎(あきさか よういちろう) 金持ち坊ちゃん
・庄野紫樹(しょうの しき) 美人苦労人
・相良京介(さがら きょうすけ) 変態天才作家

・桐生貴章(きりゅう たかあき)
・諏訪秀治(すわ ひでじ)
・夏見瑛石(なつみ えいせき) 偉大な文豪たち


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