赤司は頭の良い男だった。
彼が作り上げたキセキの世代のバスケットは、中学バスケ界を圧倒的な力で支配し、無敵の文字を作り上げた。私は赤司を尊敬していた。マネージャーとしても、恋人としても、彼という人間がどれほどの圧力の中で生きているか知っていたからだ。天才、と呼ばれても、その王座に着いた赤司はいつも血を流していた。
私は彼を支えたかった。利用されるだけで良いから、彼の助けで在りたいと思っていた。
赤司は優しい男だった。
だから、キセキの世代が変わってゆくことを見ているだけだった。それは主将として正しくあるべき姿だったし、キセキという逸材の成長を止めることなど、在り得ないことだから。けれど、私は知っている。本当は彼こそがチームプレイを望んでいたということ。キセキのバスケットが個人技主体のオンステージに変わることを分かっていても。優しい彼は何も言わない。自分の望みなど捨てた。彼らのために。
私の心が、だんだんと赤司から、キセキたちから離れていることも分かっていただろうに。彼は私を想って引き止めなかった。
赤司はずるい男だった。
私に別れを告げさせてくれなかった。わざと私を突き放した。私は分かっているのに。貴方が本当は違うんだって分かっているのに。「君はもういらない」って、どうして後ろを振り向いたまま言うの。ねぇ、それはキセキたちのためなんでしょう。彼らのせいで私がいなくなったって知ったら、彼らは悲しむから、自分一人で背負おうとしているんでしょう。まるで自分が追い出したとばかりにしたいんでしょう。私がこれ以上彼らを嫌いにならないように、彼らから離そうとしてくれているんでしょう。私が彼らを好きでありたいことを知っているから、貴方は全部一人で受け止めるんでしょう。
少しも分けてくれないなんてずるいよ。こっちを向いてよ、赤司、隠すだなんて、ずるいよ。
全中の決勝戦が終わったあの日、私はテツヤと一緒に逃げた。メールアドレスを変えようと携帯を見ると、赤司からの最後のメッセージが入っていた。
『今まで有難う、シズカ。すまなかった。君の幸せを願っている』
涙がこぼれた。私がもっと強かったなら。彼は私を頼ってくれただろうか。一人で背負い込むことをしなかっただろうか。答えは否だ。頭が良くて優しくてずるい赤司は、私にそうさせることを許してくれないだろう。私のことを想って、私を彼らの元から逃がしたのだ。最後の最後まで、赤司は私のことを想ってくれていた。あの人の強さに涙が止まらなかった。赤司。私の愛した人。残念ながら、貴方と居ると、私は幸せだったんです。
悲しい日の始まりに
( 20120717 )