そのワンピースは、シズカのお気に入りだった。風を通す素材だから、夏にはぴったりですよ、と勧められたそれは、サーモンピンクとネイビーでエキゾチックな模様が描かれていて、ヒールのついたサンダルによく似合うのだった。前を上から下までボタンで留めるのは少し面倒だが、ウエストを絞ることも出来、その形のおかげで裾はふわりと広がるので、ちっとも気にならない。シズカはそのワンピースをとても大切にしていて、大切な場に着ていくことが多かった。

 今日も、その大切な場だった。つまり、彼女の恋人兼イッシュの四天王の一人であるギーマとの食事が予定に入っていたのだ。最近はお互いに忙しくゆっくり話すことも出来なかったため、久しぶりのギーマとの食事はシズカの心を躍らせ、そしてこのワンピースを手に取らせていた。少しでも魅力的な自分を演出したい女心は服に留まらず、シズカはギーマのためにいつもの倍の時間をかけて化粧をした。姿見の前でくるりと回って、スーツを着て髪をきっちりまとめているいつもの自分とは違う自分を演出できていることに満足したシズカは、まるでシンデレラが硝子の靴を履くような気分で家を出たのだった。

 待ち合わせ場所には既にギーマが立っていて、いつもの黄色いマフラーはしておらず、カジュアルに黒のスーツを着こなしていた。彼もまたいつもと違う姿で、シズカは別世界にいるような感覚を覚えた。それほどに、ギーマの格好はシズカに魅力的に映ったのだった。

「……やあ、こんばんは」
「……こんばんは。あの、私遅かった? ごめんなさい。支度に手間取って」
「いいや、時間ぴったりだ。大丈夫。久しぶりの食事なんだ。そんな顔をされちゃ困るな」

 待たせてしまったことに少し落ち込むシズカに、ギーマは気障に笑って、手を差し伸べる。


「さあ、お嬢さん。お手をどうぞ」




 シズカはその手を取り、ギーマのエスコートで、レストランの中へ入った。舞踏会でも始まりそうなシャンデリアが輝くホールでは、二人と同じようにカップルが食事を楽しんでいる。冷えたシャンパンが注がれた細いグラスが運ばれ、涼やかな音と共に二人は乾杯をした。食事をする際は、ギーマが店に予約を入れることが通例になっている。それはギーマの方が雰囲気の良い店を知っていることもあったし、なにより女性にそのようなことをさせるのは、彼に施された教育上、ありえないことだった。
 運ばれてくる料理の味に舌鼓を打ちながら、二人はお互いにあった出来事を話していた。

「おかしなお客様がいたの」
「へぇ……どんな?」
「電話番号を渡されて、お仕事が終わったら連絡してくださいって」
「……それで、君はどうしたんだ?」
「もちろんその場で断ったわよ。ごめんなさい、恋人がいるので、って」
「そうか。それは良かった」

「帰って行ったわ、その十歳の男の子」

 シズカは悪戯が成功したとでも言わんばかりの笑顔だ。
 ギーマは、その少年に嫉妬を抱いた自分が恥ずかしく、苦い顔になる。

「ふふっ、ギーマ貴方なんて顔してるの」
「君のおかげだよ、まったく」
「私は貴方のおかげで毎日余計にドキドキしているんだから、たまには仕返しがしたくて」
「私が何をしたっていうんだい?」
「同僚の中で大人気よ、貴方。『強くてかっこよくて紳士なギーマさん』ですって」
「へぇ、若い女性にもてるのは悪い気がしないね」
「気障すぎるって付け加えてやろうかと思うわ」


 ギーマは、他の地方のジムリーダーが挑戦に来たことや、嫉妬したレパルダスにマフラーを切り裂かれそうになったことを話した。シズカはその話を笑って聞いていたが、エスプレッソが運ばれたとき、彼女は、ギーマが一度も自分の姿を褒めてくれないことに引っかかりを覚えていた。
 自分としては、精一杯のオシャレをしたつもりだった。ギーマに、ただ一言をもらうためだけに。ギーマは気障な言葉に恥ずかしがるような男ではないし、むしろいつも開口一番にシズカの服装を褒めてくれる。だから今日は違和感があった。

 彼女の気掛かりをよそに、ギーマは会計を済ませ、食事は終わってしまった。早朝から仕事があるから今日は食事しか出来ない、と伝えていたのはシズカの方だったから、彼女にはこのまま帰るという選択肢しかない。人通りの少ないヒウンシティの通りを抜けて、二人は待ち合わせ場所だった広場へ着いた。
 このワンピースが似合っていると思っていたのは自分だけだったのか、とシズカは少し唇を噛んだ。ギーマの趣味には合わなかったのかもしれない。次の時にはもっと趣向の違うワンピースを着よう、と心に誓った時、ギーマが静かに口を開いた。


「そのワンピースは、もう着ない方が良い」
「あ……やっぱり、似合わない? そう、よね」

 分かっていたことだったが、実際にそう言われるとは思っていなかったので、シズカの声はとても小さく萎んでいた。食事自体はとても楽しいものだったのに、服装のせいでこんなに落ち込むとはシズカは思っていなかった。

「いや、そうじゃない」
「似合いすぎていて、今すぐボタンを引き裂いて押し倒したくなる」

 振り返ったギーマは、シズカを欲情させるような目で彼女を見ていた。ギーマは怪しく笑うと、呆然とするシズカを抱き寄せて、耳元で囁いた。

「今日の君を見ていると、このまま帰したくなくなってしまうよ」



( 20120717 )
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