思えば。彼女はずっと無理をしていたのかもしれない。仕事にかかりきりで何もしてやれなかった私を恨みながら、それでも私の傍に居続けていつも穏やかに笑っていたのだろう。彼女は私が何をしているのかきっと分かっていたはずだ。つまり、再び世の中を騒がせているロケット団の指揮を執っているのは私だということが。
 サカキ様は中々姿をお見せにならなかった。望むところだ、と思っていた。私の人生の全てを賭けて、サカキ様をロケット団へ呼び戻すつもりだった。作戦が失敗した日には帰る気もせず、歓楽街で気を紛らわせた。翌朝酒と香水の匂いを滴らせて玄関で寝こける私を見ても、翌朝ブランケットが掛かっているだけだった。何日も帰れないときもあった。しかし彼女は毎日二人分の食事を用意しているので、私が帰らなかった日数だけ、ゴミ箱には彼女の心がゴミとして処理されるのだった。怒鳴り散らしたときもあった。テーブルの上に置かれた彼女の心を叩き割り、ぐちゃぐちゃに潰すことはこの上ないストレスの発散方法だった。私はそれによって、次の日になれば冷静な自分を保てていた。彼女はやはり泣きもしない。言葉の刃で八つ裂きにしても、彼女は穏やかに笑うだけ。気味悪ささえ覚えた。仮面でも被っているのかと思った。私は水面下で頼りなく揺れる細い糸に気づかなかった。


 全てが終わった日、私は追っ手から逃げて私たちのマンションへ帰って来た。一ヶ月ぶりほどの帰宅だった。情報が漏れることを避けるために連絡は取れず、彼女はさぞかし神経を擦り減らせたことだろう、と思っていた。部屋の中は綺麗に掃除されていた。私は彼女と共に逃げる準備を整えようとここへ戻ったのに、その肝心の彼女はいない。私は彼女を探し回った。そして風呂場のドアを開けると彼女はいた。風呂場は血の海で、壁のあちこちに血痕が滴り落ち、湯船は真っ赤に染まっていた。そして瞳を閉じて寝ている彼女の心肺機能はもう停止していた。ラジオを、聴いたのだろうか。私の敗北を知ったが故の?

「馬鹿ですね、貴方は」
「本当に……大馬鹿者ですよ」

 いくら言っても、もう彼女は私の声を聞くことはない。
 思えば。思え、ば。

 彼女の人生は私の夢を叶えてくれるためだけのものだった。


( 20120717 )
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -